複雑性から還元した最適テリトリープランニング

テリトリープランニング(担当エリア設計)において、営業マンが「成果を最大化できる顧客数」には数学的・物理的な限界値が存在します。
巡回セールスマン問題(TSP)が「移動の最小化」を追うのに対し、ビジネスではそこに「面談時間の確保」と「訪問頻度の維持」という重い制約が加わるからです。
巡回セールスマン問題(TSP)を端的に言うと、**「複数の地点をすべて1回ずつ回り、出発点に戻るための『最短ルート』を探すパズル」**のことです。
3つのポイント
- 目的: 総移動距離(または時間やコスト)を最小にすること。
- ルール: すべての地点を必ず1回だけ訪問し、最後は元の場所に戻ること。
- 難しさ: 地点の数が少し増えるだけで、ルートの組み合わせが爆発的に増え(階乗のペース)、スーパーコンピュータでも計算が追いつかなくなること。
なぜこれが重要なのか?
単なるパズルではなく、現代社会の**「効率化」の核心**にある問題だからです。
- 物流: トラックの配送ルート最適化
- 製造: 基板の穴あけドリルの移動順序
- IT: ネットワークのデータ転送経路
拠点が 10箇所 ならルートは約36万通りですが、30箇所 になると宇宙の星の数よりも多くなります。
巡回セールスマン問題(TSP)の歴史は、単なるパズルの枠を超え、現代の計算機科学(コンピュータサイエンス)の発展そのものと深く結びついています。
1. 起源:パズルとしての誕生(1800年代〜)
もともとは数学者や一般向けの「数学パズル」として始まりました。
- ハミルトンのイコスィアン・ゲーム (1857年): アイルランドの数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトンが考案しました。正十二面体の頂点をすべて1回ずつ通って戻るルートを探す遊びです。これがグラフ理論における「ハミルトン閉路」の基礎となりました。
2. 定式化:数学問題へ(1930年代)
1930年代、ウィーンの数学者カール・メンガーや、プリンストン大学の研究者たちが、この問題を「巡回セールスマン問題」という現代に近い形で定義しました。
- この頃から「最短距離を求める」という最適化の概念が明確になり、経済学や統計学の文脈で語られるようになります。
3. 戦後:軍事と物流への応用(1950年代)
第二次世界大戦後、アメリカのランド研究所(RAND Corporation)が、軍事的な兵站(物資補給)や効率化のために本格的な研究を開始しました。
- 1954年の金字塔: ダンツィク、ファルカーソン、ジョンソンの3名が、アメリカの48州(当時の全州)の主要都市を巡る最短ルートを、手計算と初期のコンピュータを駆使して「これが正解である」と証明しました。これが大規模TSP解決の第一歩です。
4. 現代:計算の限界への挑戦(1970年代〜現在)
1972年、リチャード・カープによって、TSPが**「NP困難」**(拠点が増えると計算量が爆発的に増え、効率的な解法が見つからない可能性が高い問題)であることが証明されました。
- これにより、「完璧な正解」を求める研究と並行して、「短時間で99点の答えを出す」ための近似アルゴリズムや、AIの原型となるメタヒューリスティクスの研究が加速しました。
1954年にダンツィクたちが証明した、アメリカ48州(+ワシントンD.C.)を巡る歴史的な最短ルートの「順番」は、地図で見るとアメリカ大陸を時計回りに大きく一周し、内部をジグザグに縫うような一筆書きになっています。
スタート地点はどこでも構いませんが(巡回しているため)、一般的には**ワシントンD.C.**を起点として説明されることが多いです。
歴史的ルートの主な流れ
- 東海岸を下る: ワシントンD.C. → リッチモンド(バージニア州)→ ローリー(ノースカロライナ州)…と南下。
- 南部・フロリダへ: サウスカロライナ、ジョージアを経てフロリダ(タラハシー)へ。
- ディープサウスを西へ: アラバマ、ミシシッピ、ルイジアナ(バトンルージュ)を通り、テキサス(オースティン)へ。
- 南西部から西海岸へ: ニューメキシコ、アリゾナを経て、カリフォルニア(サクラメント)を北上。
- 北西部: オレゴン、ワシントン州(オリンピア)へ到達。
- 中西部を東へ戻る: アイダホ、モンタナ、ワイナリー、コロラド……と、険しい山岳地帯や平原をジグザグに横断。
- 五大湖周辺: ミネソタ、ウィスコンシン、イリノイ、ミシガンなどを経由。
- 北東部(ニューイングランド): ニューヨーク、マサチューセッツ、メイン州などを細かく回り、最後はメリーランドを経て**ワシントンD.C.**に戻る。
なぜこの順番が「正解」なのか?
この順番を眺めると、いくつかの「数学的な賢さ」が見えてきます。
- 交差がない: ルートが途中でバツ印(×)のように交差している場所が一つもありません。数学的に、ルートが交差している場合は、その交差を解消したほうが必ず距離が短くなるためです。
- 「凸包(とつほう)」に沿っている: 基本的に大陸の外縁部をなぞり、その内側を効率よく回収していく動きになっています。これは、人間が直感で解くときの手法とも共通しています。
営業戦略へのヒント
この「1954年の正解」から学べるのは、**「隣接する地点を確実に潰しながら、大きな輪を描く」**という戦略の正しさです。
もし営業マンがこのルートを無視して、「今日はテキサス、明日はニューヨーク、明後日はまたテキサスの隣のアリゾナ」という動きをすれば、移動コストは数倍に膨れ上がります。
[!IMPORTANT]
彼らが手計算でこの「完璧な一筆書き」を見つけ出したとき、最後に計算された総距離は 12,345マイル でした。この数字の並び(1-2-3-4-5)は偶然ですが、あまりに美しいため、当時の研究者たちも驚いたと言われています。
歴史的な記録の進化
技術の進歩とともに、解ける拠点の数は驚異的に増えています。
年代 解かれた拠点数 備考 1954年 49都市 48州の州都+ワシントンD.C. 1987年 2,392都市 回路設計への応用が背景 2004年 24,978都市 スウェーデンの全都市 2006年 85,900都市 集積回路(ICチップ)の設計データ [!NOTE]
現在では、特定の「正解」を出すための計算だけでなく、量子コンピュータを使ってこの問題を高速に解こうとする試みも進んでいます。
営業マンの「限界顧客数」を決める3つの変数
数学的に見れば、1人の営業マンが持てる顧客数 N は、以下のシンプルな不等式で制約されます。
T_total ≧ Σ [i=1 to N] (T_visit + T_travel)
- T_total: 1ヶ月の総稼働時間(例:160時間)
- T_visit: 1件あたりの平均面談時間 + 事務作業時間
- T_travel: 1件あたりの平均移動時間(ここがTSPの領域)
1. 「移動」と「面談」のトレードオフ
拠点を増やしすぎると、TSP(巡回セールスマン問題)としての計算難易度が上がるだけでなく、**移動時間の総和(Σ T_travel)**が面談時間を食いつぶします。
- 10拠点の場合: 移動時間が短く、1社に深く食い込める(高単価・深耕型)。
- 50拠点の場合: 移動だけで1日が終わる「御用聞き」になり、成果が下がる(低単価・バラマキ型)。
2. 幾何学的な「密度の壁」
テリトリープランニングでは、顧客数よりも**「顧客密度」**が重要です。
- 高密度エリア: 1つのビルに10社あれば、移動時間はほぼゼロ。TSPを解く必要すらなく、顧客数を増やせます。
- 低密度エリア: 隣の客先まで車で1時間かかるなら、数学的にどれほど最適化しても、物理的に3〜4社が限界です。
「数学者でなくても解ける」仕組みを作るのがプランニング
営業組織において、マネージャーや企画部門が「数学的アプローチ」を用いるべきなのは、個々のルート作りではなく**「エリアの切り出し」**の段階です。
- クラスタリング: 似た地域や属性で顧客をグループ化する。
- ポテンシャル配分: 各営業マンの「移動コスト」と「期待売上」を均衡させる。
- 標準化: 誰が回っても「だいたいこのルート」になるよう、拠点を整理する。
[!TIP]
結局、営業マンが「空間問題」に悩まされるのは、テリトリー設計そのものが歪んでいるサインかもしれません。優れたテリトリープランニングは、営業マンが「今日は右から回るか、左から回るか」程度の直感で動いても、自然と最適に近い動きになる状態を作ります。
結論:限界値はどこか?
一般的に、B2Bの深耕営業であれば20〜30社、ルートセールスであれば100〜200社(ただし訪問頻度による)が、人間が「顔と状況を把握して戦略を立てられる」限界ではないかと言われているが
実際のところは8社くらいなのではないか。

