マーケットベンチマークの数理的記述

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マーケットベンチマークの数理的記述

GAAS™ CAPITAL MARKETSマーケットベンチマークの数理的記述

ベンチマークを定義することは案外難しい。指数のティッカーを指名した時点では、まだ地面は特定されていない。

硬い地面\(B_t^{*}=\arg\min_{w\in\mathcal{A}_t}\)アクセスできる資産だけから、分散・コスト・流動性リスクを最小化したポートフォリオ
相対的通貨価値\(RV_{c,t}>0\)実質価格が通貨横断の中央値より安い。正が割安、負が割高
アクセシブル・ベータ\(AB_p\in[0,1]\)地面を超える変動のうち、実際に買えるファクターで説明できる割合

第1章:ベンチマークは、立てる地面である

公開市場には、S&P500、NASDAQ、全世界株式、国債、金と、比較対象の候補がすでに並んでいる。TANAAKKも投資経営のハードルとして、S&P500の20年IRR 7.47%を置き、複利の倍化時間を数えるときは株式インデックスの名目長期平均である年率約10%を使ってきた。参照していることと、その指数がベンチマークとして定義されていることは、別の作業である。

困難の核は、ベンチマークが市場の名前ではなく、ある主体がいま実際に立てる地面だという点にある。教科書の市場ポートフォリオは、非上場事業、人的資本、空売り制約の内側にある資産まで含む。その集合は観測できず、約定もできない。観測できる指数も、決済通貨、取引コスト、希望サイズで退出できるかどうかを外すと、比較の床にはならない。

マーケットベンチマークは、アクセス可能な資産集合のなかで、分散と取引コストと流動性リスクを同時に最小化するポートフォリオとして特定する。このポートフォリオを硬い地面と呼ぶ。地面より上に残ったリターンだけが、事業やアクティブ運用に固有の高さである。

第2章:硬い地面の特定

時点 \(t\) において、主体が約定し、保有し、希望サイズで退出できる資産の集合を \(\mathcal{A}_t\) とする。口座にない、規制で買えない、表示価格では埋まらない資産は、この集合の外に置く。硬い地面のウェイト \(w_t^{*}\) は、次の最小化の解である。

\[w_t^{*}=\arg\min_{w}\left[w^{\top}\Sigma_t w+\lambda_C C_t(w)+\lambda_L L_t(w)\right]\]

制約は、全額を投資することと、アクセスできない資産のウェイトをゼロにすることである。

\[\mathbf{1}^{\top}w=1,\qquad w_i=0\quad(i\notin\mathcal{A}_t)\]

\(\Sigma_t\) は収益率の共分散、\(C_t(w)\) は売買と保有のコスト、\(L_t(w)\) は希望サイズで退出できない流動性リスクである。\(\lambda_C\) と \(\lambda_L\) は、コストと流動性を分散と同じ単位へ換算する係数である。解として得られるポートフォリオを \(B_t^{*}\) と書き、その収益率を \(r_{B^{*},t}\) とする。

硬い、というのは、物語を変えても床が同じ場所に残るという意味である。成長ストーリー、業種分類、会計上の比較指数を取り替えても、\(\mathcal{A}_t\) とコストと流動性が同じなら \(B_t^{*}\) は動かない。TANAAKKの運用でこの解が低コストの米国株式インデックスへ落ちるのは、その資産が深く、継続的に買えて、長いIRRが公開されているからである。SPYというティッカーが定義なのではない。定義は最小化であり、指数はその解の一例である。

主体が違えば \(\mathcal{A}_t\) も違う。したがって地面はユニバーサルな一つではない。個人、事業会社、国籍の違う機関投資家は、それぞれ自分のアクセス集合の上に地面を置き、その地面からの高さで資本配分を比べる。

この地面を下回る資本収益を目標にする追加投資は、アクセス可能な床の下を掘っている。名目年率約10%の地面があるとき、それを下回るROICを前提にした拡張は、地面の上に高さを積んでいない。接続先は『ROICおよび増収増益ベンチマーク』と『限界FCFマージンの50%ルールと2倍法則』である。

第3章:相対的通貨価値

地面の収益率は、どの通貨で測るかを決めて初めて比較できる。通貨自身が動くとき、名目の指数リターンは地面の高さそのものではない。通貨 \(c\) の実質価格を、基準通貨建てで次のように置く。

\[q_{c,t}=\log S_{c,t}+\log P_{c,t}-\log P_{\mathrm{base},t}\]

\(S_{c,t}\) は、通貨 \(c\) の1単位を買うのに必要な基準通貨の量である。\(P_{c,t}\) はその通貨圏の物価、\(P_{\mathrm{base},t}\) は基準通貨圏の物価である。\(q_{c,t}\) が高いほど、通貨 \(c\) は実質的に高い。

通貨どうしの割安と割高は、同じ時点の横断分布で標準化する。中央値と、中央値からの絶対偏差の中央値(MAD)を使う。

\[RV_{c,t}=-\frac{q_{c,t}-\operatorname{median}_{j}(q_{j,t})}{\operatorname{MAD}_{j}(q_{j,t})}\]

\(RV_{c,t}\) が正の通貨は、横断的に割安である。負の通貨は割高である。平均と標準偏差ではなく中央値とMADを使うのは、一つの高インフレ通貨が分布の尺度を支配するのを避けるためである。

\(RV\) は水準である。リターンに加算するのは水準そのものではなく、決済通貨への翻訳である。基準通貨建ての地面収益を \(r^{\mathrm{base}}_{B^{*},t}\) とすると、通貨 \(c\) で受け取る地面は次になる。

\[r^{c}_{B^{*},t}=r^{\mathrm{base}}_{B^{*},t}-\Delta\log S_{c,t}\]

通貨 \(c\) が減価すると \(S_{c,t}\) は下がり、同じ地面が決済通貨では高くなる。実質で見るときは、ここから現地のインフレ \(\Delta\log P_{c,t}\) を引く。

この分離により、決済通貨の減価で膨らんだ名目リターンと、事業が地面を超えた高さを混ぜずに読める。\(RV\) が負の通貨を地面のニュメレールに採用するときは、その通貨を実質的に高く買っている。\(RV\) が正の通貨なら、同じアクセス可能な地面をより安い実質価格で買っている。為替の字面と、信用の深さとして現れる通貨の力は別問題であり、その論点は『一般的為替理論の逆説』に譲る。本章の \(RV\) は、地面を置く通貨を選ぶための相対価格である。

第4章:アクセシブル・ベータを特定する

地面を超えるリターンのうち、アクセス可能なファクターを買っただけで説明できる部分がアクセシブル・ベータである。ファクター \(F_t^{A}\) は、\(\mathcal{A}_t\) の内側で組成できるものに限る。口座にない、空売りできない、希望サイズで埋まらないファクターは、回帰に入れない。

\[r_{p,t}-r_{B^{*},t}=\alpha_p+(\beta_p^{A})^{\top}F_t^{A}+\varepsilon_{p,t}\]

左辺は、すでに一つの決済通貨へ翻訳したあとの超過収益である。通貨の翻訳を、ファクターの中へもう一度入れない。推定は、アクセスできない方向の係数がゼロへ寄るよう、L1とL2を同時に置く。

\[\hat{\beta}_p^{A}=\arg\min_{\beta}\left[\sum_{t}\omega_t\left(r_{p,t}-r_{B^{*},t}-\alpha-\beta^{\top}F_t^{A}\right)^{2}+\lambda_1\|\beta\|_{1}+\lambda_2\|\beta\|_{2}^{2}\right]\]

\(\omega_t\) は直近を重くするウェイトである。得られた \(\hat{\beta}_p^{A}\) について、地面超過リターンの分散のうち、アクセス可能なファクターが説明する割合をアクセシブル・ベータの強さとする。

\[AB_p=\frac{(\hat{\beta}_p^{A})^{\top}\Sigma_F\hat{\beta}_p^{A}}{\operatorname{Var}(r_p-r_{B^{*}})}\]

\(\Sigma_F\) は \(F^{A}\) の共分散である。\(AB_p\) が1に近いポートフォリオは、地面の上に、実際に買えるファクターを積んでいる。固有の高さは切片 \(\alpha_p\) と残差 \(\varepsilon_{p,t}\) に残る。事業やアクティブ運用を地面から離して始める根拠は、この残差の期待値が、取引コストを控除したあとも地面を上回ることにある。

第5章:観測リターンの四項分解

一つの決済通貨 \(c\) で観測した収益は、四つの項に分かれる。

\[r_{p,t}^{c}=r^{\mathrm{base}}_{B^{*},t}+\bigl(-\Delta\log S_{c,t}\bigr)+(\beta_p^{A})^{\top}F_t^{A}+\varepsilon_{p,t}\]
項 記号 読んでいるもの
硬い地面 \(r^{\mathrm{base}}_{B^{*},t}\) アクセス集合上で、分散・コスト・流動性を最小化した床
通貨翻訳 \(-\Delta\log S_{c,t}\) 基準通貨の地面を、決済通貨 \(c\) で受け取った増減。水準の割安・割高は \(RV_{c,t}\)
アクセシブル・ベータ \((\beta_p^{A})^{\top}F_t^{A}\) 買えるファクターへのエクスポージャ。強さは \(AB_p\)
固有リターン \(\varepsilon_{p,t}\) 地面と通貨と買えるベータを外したあとに残る高さ

第二項が大きいときは、地面を超えたのではなく、決済通貨が動いた。第三項が大きいときは、アクセス可能なベータを保有している。第四項が、コスト控除後に地面を超えるときだけ、低コストインデックスへ継続的に投資し続ける以外の配分が正当化される。

ベンチマークを定義することが難しいのは、三つの特定を同時に終わらせる必要があるからである。どこに硬い地面があるか。その地面をどの通貨の実質価格で見ているか。地面を超えた分のうち、いくらがアクセシブル・ベータか。この三つが数式として閉じて、はじめてマーケットベンチマークは比較の床になる。