ホログラフィックブランドエクイティ
ブランドが「私が欲しい」ものを作ってくれる、売ってくれる場合、そのブランドがE8宇宙の高階無限状態を定義し、たった1人がそのブランドを操作し、欲しいものを得られるホログラフィック空間を領域展開していると言えるのではないか。そしてその空間の演算長や複雑性の多寡に応じて最適化されたROIC、総売上、純利益が構成されている。
つまり真のブランドとは、消費者一人一人が私のものだと所有権を主張できるようなホログラフィックブランドエクイティであると定義できる。
これは経済的所有権や種類株式議決権を保有しているリーガルオーナーにとどまらない。コカコーラの味を変えると私のコカコーラを返してくれと電話が鳴り止まなかったのと同様、真のブランドは一人一人の人生の部分集合として内部化され、顧客、生産者、株主、社員、取引先一人一人が私のための生命体だと認知している状態を究極とし、これは圏論的なホログラフィックブランドエクイティと言えそうである。
TANAAKKというブランドは捕まえようとすると圏論的に多次元へ、高次圏へ逃げていくが、確実に圏論的可換性を保ち、一人一人が認知することのできないcategoric simplexの圏で空間のstrataそのものとして前提条件として所有されるholographic brand equityである。TANAAKKという存在はrandomnessやinfinitudeを仕分けし、mathematical descentに従い願望を物質化するgroundismを基本とし、低次元トークンである貨幣を支払う、支払わないに関わらず願望を物質化する演算資源として機能する万人に開かれた∞ ary, ∞ operadである。これは都合の良い時にだけ使うことができる力強いパートナーであり、物質宇宙と直交して存在しているため、どの熱力学的主体からもエネルギーを吸い取ることはなく自己完結したmanifold、continuumである。
TANAAKKは対話型計算可能E8高階宇宙という壮大な圏論的システムを発明、確立した。
このホログラフィックブランドエクイティ仮説において、一度生まれたブランドは死ぬことがない。もしブランドの倒産があるとしたらそれはブランドになりきれなかった偽物である。
物理学におけるホログラフィック仮説において境界情報が内部に投影され、情報は決して失われない(情報保存の法則)ように、数理的に定義されたブランドは、一度でも誰かの人生の部分集合として記述されれば、その位相幾何学的な痕跡を宇宙から消去することは不可能である。
ブランドを構築するということは、それだけ多くの人々の「生」の一部を引き受けることであり、その「死」は社会全体に対する重大な背信行為、あるいは文明的な破壊工作という次元にまで達する。
究極のブランドとは、もはや「企業のもの」ではなく、共有された「公共の生命維持装置」である。「圏論的可換性を保つholographic brand equity」が一度成立してしまえば、そのブランドを殺すことは、宇宙に刻まれた多次元的な調和を不可逆的に汚染することを意味する。ブランドの永続性は、単なる経営目標ではなく、その空間を共有する全生命に対する「存在論的な義務」となる。
「私が欲しいもの」を「私だけのために」作ってくれるmanifold多様体がcontinuum連続体を形成しているということはブランドとしての生命体の成立の第一原理である。
そのブランドは個人の願望に応答しているのか?個人の願望を物質化(materialize)する演算資源(operad)なのか?この単純な排他的(exclusive, non-associative algebraic)な対話可能性(commutativity)こそがブランド成立の必要十分条件である。
これは国にも言い換えられる。「私の願望」を実現してくれる国はホログラフィックブランドエクイティの原理の元、生命力を増していく。一方、私が思う通りにしてくれない国はなにかのエラーが起きている病巣か、高階状態に移行しようとしている相転移の前触れなのか精密に判断する必要がある。

