undecidablity, incomputability, intractabilityの濃度の違い
ゲーデルの不可能性定理や、チューリングのhalting problemは当時undecidablityに関する定理だと思われていたが、NP completeなどの体系がクック、レビンらにより定理化されるにつれて、その決定不能性、不可能性はcomplexity classificationのグラデーションにすぎないということがわかってきた。
逆に、undecidablityとは地球にはほぼ存在せず、物質宇宙ではcomputabilityが前提で、undecidableに見える理由は問題のホモトピータイプの矮小化(oversimplification)が主な原因であることがわかってきた。さらにvoevodskyやJacob Lurieによって、空間や圏の数学的定義をcoherentにしようとすると、そもそも我々の存在する物質宇宙はcomputableでなければ結晶化し得ないという前提が数学的に証明されている。(コボルディズム仮説など)
ただし、computabilityとは解があることは空間的に検証できるが、探索ルートの特定、0,1による再現には膨大な計算資源を要するものが多い。(NP-completeやboolean satisfiability problem SAT)
人類や自然のlogicは全て0,1の逐次ゲート処理に置き換えられることも証明ずみである。
ただし、computabilityとは、例えば地球時間で100億年かかることでもcomputableと出力する。寿命がある人間にとって重要なのはcomputableかつtractableであることである。tractableとはトラクターで地ならしできるという意味合いであり、手持ちの資源で演算完了までいける領域である。
手持ちの資源で、複雑な計算をバイパスし、次元や圏という高階論理(higher order logic)を活用することにより、計算というアクション回数を劇的に省略するというのがmathematicsの基本姿勢である。
可能か不可能か?possibilityまたはimpossibilityは、計算能力の問題ではなく、categoricな問題、あるいはhigher orderの問題に従属する濃度の問題であり、絶対的不可能命題は存在しない可能性が高い。
3ヶ月では無理だ、1年では無理だと思い込んでいるほとんどの問題はcomputableであり、tractableである可能性の方が高いということである。なぜそれが見えないのか?それは単一次元の狭い空間で演算をしようとしているからであり、演算空間、演算次元、演算圏を拡張し、無限とのファンクターによる相転移のバイパスルートを作る一連の技法を学んだ後はtractableである問題が多くなる。

