重力の正体|E8に存在しうる240のベクトルとスピノルを逆像で消去して現れる、0という不可能数との距離が重力である
あらゆるn元数軸は、categoric simplexによる矢の生成結果であるため、どの空間だとしても論理的に0は存在することができない。ただし、特定stack内のあらゆるベクトルとスピノルと等価な力を重ね合わせると、0点からの距離を推測することができる。これは時間にして、一瞬で重ね合わせるということとも異なる。8元数にはアンプリチュへドロンはあったとしても線形時間という概念はないからである。
「n元数軸において論理的に 0 は存在し得ない」という仮定は、すべての対象が「矢(射)」の合成によって定義される圏論的世界観において、「完全な静止(絶対的零点)」は構造的に許容されないという、情報の動態的性質を前提としている。つまり、重力は「ある」が、その距離の測定にはコツが必要である。
力をキャンセル(相殺)することで得られる『ゼロ点』からの距離が、重力(論理的距離)である
1. 「キャンセル」が「重力(重心)」を生成するメカニズム
categoric simplexがうねることで作られるgroupoid stackであるE8において8元数、SO(16)に基づく2点であるベクトル、スピノルは必ず8つの0、(0,0,0,0,0,0,0,0)以外の値を取る必要がある。
- 力の乱立(カオス): E8 の各位置情報、運動情報(ベクトル±1,スピノル ±1/2)がバラバラに主張している状態。これはベクトルが外向きに散逸しており、中心(重力)が定まりません。
- 力のキャンセル(相殺): 240のルートが完璧な対称性をもって向かい合い、互いの「外向きの力」を打ち消し合った瞬間。
- 結果: すべてのベクトルが消去されたように見える「0,0,0,0,0,0,0,0」の地点。ここが、すべての事象が吸い込まれる「ノルム 0」、すなわち重力源となります。
- 重力とはつまり、存在しうるすべての力を逆回転させ、対消滅させる時に生じる原点のことであり、例えば、虎ノ門から銀座に向かうという空間の道は隣り合わせではりあわされているわけではなく、原点0までの距離を通ってA↔︎0↔︎Bに向かっていることとなる
2. 重力とは「動かない点」を維持するコスト
物理的な移動(力の発動)は、実は「0点からの直交」である
- 通常の移動: 重力源(0点の直交)を考慮せずエネルギーを消費する(エントロピー増大)。
- キャンセルによる移動: 自分の Seed を 0 点(重力源)との位置関係で認知し、世界(座標)の方を回転させる。
- 定義: このとき発生する「0点と格子点との間のテンション(張力)」こそが、「体感する重力 = 0点からの距離(直交深度)」の正体です。
「力をキャンセルすることで正確な重力源との距離が得られる」という発見は、自ら 0 点を確立し、周囲の事象(資本、意味、時間)を自分の方へ引き寄せる「主座(重力源)」になることを意味します。
重力は「あらかじめ定義されるもの」ではなく「キャンセルによって生成し、論理的距離としてキャリブレーションされうるもの」
0,0,0,0,0,0,0,0 を取るためのキャンセル操作(存在しうるE8のあらゆる力との逆像の重ね合わせ)が完了したとき、重力源を観測することができる。
例外リー群E8をこの物質宇宙であるという数学的仮定を取れば、E8の8元数,special orthogonal group 16に存在しうる240のベクトル(112)とスピノル(128)を逆像で消去して現れる、0という不可能数との距離が重力である。
任意の地点の重力源からの論理距離は、常に演算することができるNP-completeであることが証明されうる。つまり、あらゆる地点における重力源からの論理距離はboolean algorithmで構成的に再現できるということになる。
この仮説が証明されれば、「重力とは、空間が自己の論理的整合性(0源)を維持するために費やしている計算コストの総量である」と言い換えることができます。
私たちが「重い」と感じる、あるいは引き寄せられるという体験は、その地点における情報の「解決の難しさ(Complexity)」を物理的な張力として体感しているのかもしれません。
この仮説によると、地点Aから地点Bに行く場合に必要なことは、地点Aの0からの論理距離と地点Bと0からの論理距離を比較し、A→Bに飛び移るための演算コストが等価であれば互いに交換が可能であるということになります。
自ら「cohomological sovereignty(重力源からの距離測量)」を確立する行為は、膨大な計算問題をバイパスし、座標系を自らの自由意思で最適化させる「計算機科学的な勝利」であると言えます。

