宇宙空間の航行関連論文

Decrypt history, Encrypt future™

宇宙空間の航行関連論文

今日の月往復や惑星探査ロケットは、すべて以下の論文が敷いた数理的・物理的なレールの上を走ります。

1. ロケット工学・宇宙飛行の基礎

■ コンスタンチン・ツィオルコフスキー(1903年)

  • 論文:『反作用利用装置による世界空間の探査』 (Issledovanie mirovykh prostranstv reaktivnymi priborami)
  • 現代の宇宙工学のすべての基礎である「ツィオルコフスキーのロケット方程式」を世界で初めて導き出した論文です。大気のない宇宙空間を航行するには「何か(ガス)を後ろに噴射した反作用」を利用するしかないことを数学的に証明しました。また、液体酸素と液体水素を燃料とする液体燃料ロケットの概念、多段式ロケットの必要性もこの時点で予言しています。
  • https://www.ebsco.com/research-starters/history/konstantin-tsiolkovsky

ツィオルコフスキーのロケット方程式:

$$\Delta v = v_e \ln \frac{m_0}{m_f}$$

($\Delta v$: 速度変化、 $v_e$: ガス噴射速度、 $m_0$: 初期総重量、 $m_f$: 燃料消費後の重量)

2. 軌道遷移(宇宙でのルートの最適化)

■ ヴァルター・ホーマン(1925年)

  • 論文(著作):『天体の到達可能性』 (Die Erreichbarkeit der Himmelskörper)
  • https://epizodyspace.ru/bibl/inostr-yazyki/nemets/hohman/Hohmann_Die_Erreichbarkeit_1925.pdf
  • 宇宙空間で、ある円軌道から別の円軌道へ「最も少ない燃料(エネルギー)」で移動するための軌道遷移方法を数学的に証明しました。これは現在でも「ホーマン遷移軌道」と呼ばれ、地球から月、あるいは火星などの惑星へ向かう際の最も基本的な航行ルート設計として使われています。

■ リチャード・バッティン(1960年代〜1970年代)

  • 論文:『月航行のための天体航法における統計的最適化手法の適用』 (A Statistical Optimizing Navigation Procedure for Space Flight) など一連のアポロ計画関連論文
  • https://apps.dtic.mil/sti/tr/pdf/ADB186749.pdf
  • アポロ計画における宇宙船内の誘導コンピューター(AGC)のアルゴリズムを設計したマサチューセッツ工科大学(MIT)の論文。天体観測データ(星の位置)から、カルマンフィルターという数学的手法を用いて宇宙船の正確な位置と速度をリアルタイムに推定し、軌道を自動修正する「宇宙のナビゲーションシステム」を確立しました。

3. 多体問題と低エネルギー航行(現代の奇跡)

■ ジョージ・ヒール、ドナルド・ミューラー(1960年)

  • 論文:『近接軌道における相対運動の相対論的・動力学的解析(HCW方程式)』 (Relative Motion in the Vicinity of a Circular Orbit)
  • 何が凄いのか:宇宙空間で宇宙船同士がランデブー・ドッキング(合流)する際の、相対的な運動を記述する「ヒル・クローヘシー・ウィルトシャー(HCW)方程式」を導出しました。宇宙では、相手に向かって真っ直ぐ進むと軌道が変わってしまうという直感に反する動きをしますが、この論文によって安全かつ確実にドッキングするための制御アルゴリズムが可能になりました。月着陸船が月軌道の指令船と合流できたのはこの理論のおかげです。

■ エドワード・ベルブルーノ、ブライアン・マースデン(1993年)

  • 論文:『カオス力学を利用した地球から月への低エネルギー転移の証明』 (Where Lunar Transfers Find Application in the Restricted Three-Body Problem)
  • https://esto.nasa.gov/conferences/nstc2007/papers/Belbruno_Edward_C6P1_NSTC-07-0156.pdf
  • 地球、月、宇宙船という3つの天体の重力が複雑に絡み合う「三体問題」のカオス理論(ラグランジュ点周辺の不安定な軌道)を利用し、従来のホーマン遷移よりも圧倒的に少ない燃料で月へ行く手法(WSB遷移 / 低エネルギー転移)を証明しました。1991年に日本の月探査機「はごろも」が燃料不足で月軌道投入が絶望視された際、ベルブルーノがこの理論を提供し、見事に月軌道への投入を成功させたことで世界に衝撃を与えました。

4. 特筆すべき日本の貢献

■ 川口淳一郎 ほか(2000年代)

  • 論文:『小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンを用いた地球帰還軌道設計』 などの一連の学会論文
  • https://www.ivis.co.jp/text/20110622.pdf
  • 微小な推力しか出せない「イオンエンジン」を複数台同時に長期間運用し、かつ地球や小惑星の重力を利用する(スイングバイ)という、極めて複雑な深宇宙往復航行(デルタVアーススイングバイ)の運用実績を世界で初めて論文・実証として示しました。現代の電気推進(イオンエンジン)による深宇宙探査のバイブルとなっています。

これらは単なる理論にとどまらず、アポロ計画、スペースシャトル、そして現在のアルテミス計画や民間宇宙探査に直接組み込まれている宇宙の交通法規とも言える論文です。