ダートマス会議|Dartmouth Summer Research Project on Artificial Intelligence
歴史を辿ると、AIという言葉が初めて正式な文献に出てくるのは1956年のダートマス会議(Dartmouth Summer Research Project on Artificial Intelligence)です。John McCharthyによってRockefeller Foundation宛に書かれた研究費寄付獲得の申請書が残っています。ここで人工知能(Artificial Intelligence: AI)という言葉が正式に誕生しました。
1. 会議の概要
- 開催時期: 1956年7月〜8月(約2ヶ月間)
- 開催場所: アメリカ・ニューハンプシャー州のダートマス大学(Dartmouth College)
- 発起人(オーガナイザー):
- ジョン・マッカーシー(当時ダートマス大学の数学科助教授。のちにLISPを開発)
- マービン・ミンスキー(ハーバード大学。のちにパーセプトロンの限界を指摘)
- ネイサン・ロチェスター(IBMの計算機設計者)
- クロード・シャノン(ベル研究所)
会議の目的
ARTIFICIAL INTELLIGENCE J. McCarthy, Dartmouth
“We propose that a 2-month, 10-man study of artificial intelligence be carried out during the summer of 1956 at Dartmouth College in Hanover, New Hampshire. >The study is to proceed on the basis of the conjecture that every aspect of learning or any other feature of intelligence can in principle be so precisely described that a machine can be made to simulate it. >An attempt will be made to find how to make machines use language, form abstractions and concepts, solve kinds of problems now reserved for humans, and improve themselves.”
我々は、1956年の夏にニューハンプシャー州ハノーバーのダートマス大学で、2か月間、10名の研究者による人工知能の研究を実施することを提案する。この研究は、学習のあらゆる側面、あるいは知能のその他のあらゆる特徴は、原理的には非常に正確に記述できるため、機械がそれをシミュレートできるという仮説に基づいて進められる。機械が言語を使用し、抽象概念を形成し、現在人間だけが解決できるような問題を解決し、自己改善する方法を見つける試みが行われる。
US13500ドルがRochefeller Foundationに申請されたが、採択されたのはその半額の7500ドル。たったの7500ドルでこれだけ大きな産業が始まるというのはAIのレバレッジを感じる。
① 「人工知能(AI)」という名前の決定
それまで、機械に知的なことをさせる研究は「サイバネティクス」や「自動機械論」など、バラバラな名前で呼ばれていました。マッカーシーは、これらと明確に区別し、新しい学問分野を立ち上げるために「Artificial Intelligence」という言葉を提案し、これが満場一致で採用されました。
② 世界初のAIプログラム「Logic Theorist」の披露
ニューウェルとサイモンは、この会議に自分たちが開発した『Logic Theorist(論理理論家)』というプログラムを持ち込みました。
これは、数学の教科書(ラッセルとホワイトヘッドの『プリンキピア・マテマティカ』)にある複雑な論理定理を、コンピュータに自動で証明させるというものでした。
ただの数値計算ではなく、「記号を操作して論理的な正解を『探索』する」という、まさにチューリングの思想、そして後の「物理記号システム仮説(PSSH)」の雛形が、この会議で世界に初めてお披露目されたのです。
- 1956年: ダートマス会議でマッカーシー、ミンスキー、ニューウェル、サイモンが出会う。
- 1960年: マッカーシーが、AIのための記号操作言語「LISP」の論文を発表。
- 1968年: ダイクストラが、人間が複雑なプログラムを扱うための「構造化」を提唱。
- 1969年: ミンスキーが、「パーセプトロン」の限界を数学的に証明し、ブーム(第1次AIの冬)を終わらせる。
- 1975年: ニューウェル&サイモンが、ダートマスから始まった20年間の結論として「物理記号システム仮説(PSSH)」をチューリング賞講演で宣言。
ダートマス会議に集まったcomputistたちは、数ヶ月真剣に研究すれば、人間の知能の大部分はコンピュータで再現できるだろうと楽観的でした。しかし現実には、そこから何度も「AIの冬の時代」を挟み、現代のLLM(ChatGPTなど)やディープラーニングが花開くまで、実に70年近い歳月を要することになります。
現代のAIは、ニューウェルやサイモンが信じた「記号の操作(論理推論)」よりも、膨大なデータから確率的にパターンを学習する「コネクショニズム(ミンスキーが一度限界を示したパーセプトロンの進化系)」が主流になっています。
しかし、人間の知能とは何かを、記号とテープ(コンピュータという計算者ではなく機械としてのコンピュータ)を使って構成的に再現するというチューリングの1936年初期の着想は、今も全く変わっていません。

