コンピュテーションの日本語訳について|Theory of cooperation
Theory of computationを日本語訳したいのだが、日本語にしてしまうと射像がたりず、意味が失われてしまう単語をどう表現すべきなのか。真のComputationは決定性、非決定性を扱うコミュニティである。コミュニティ参加者はアカデミアだけでなく、ハードウェア、ソフトウェア、ヘルスケアまで可換な写像をもつ圏である。EfficiencyとIntractabilityを分解し、語彙形成する領域である。
computationはTheory of cooperationである。distributed computationなどのクラウドや暗号技術はひとえにadversary(敵対者)を含む集合内部で全体の利得になるような意思決定ができるかどうかの合意形成協力問題である。しかし、個々のノードが判断してしまうと計算が回帰してしまい停止できなくなるのである。さらに個々のノードはエラーを起こし、壊れるという前提がある。個々のノードが壊れたとしても系全体としては決定できるよう、Robustnessを具備したコンセンサスアルゴリズムを獲得するのがcomputationの主題の一つである。つまり、コンピューティングとはmathematicsやphysicsを扱う学者の特権ではなく、家族や学校で当たり前に起こっている構造的矛盾に切り込むための技術なのである。放置するとrandomnessやinfinitudeに支配されてしまう自由の代償を解決するのがcomputationである。そのような意味で、地球上に存在するあらゆる主体はcomputationの恩恵を受けると言える。したがってcomputationを中核としたテック産業は業界を問わず、国を問わず浸透していくのである。
英語におけるcomputationは無限の不可能性から有限の可能性を切り出し、限定的資源保有者によるPrice of Anarchy(無秩序の代償)を集合公理の選択とルールの挿入というアルゴリズムにより、解ありにする一連のコンセンサス技法である。論理を代数化し演算シークエンスによって決定する問題解決手法であるが、日本語訳ではcomputationは「計算」と翻訳されてしまい、これではarithmeticやcalculationとの違いがわからない。randomnessやcomplexity classificationという概念が部分集合になっているのがtheory of computationである。カントールの無限(cardinality)、ラッセルのパラドックス、ツェルメロフレンケルの集合論(axiom of choice)から、ヒルベルトのEntscheidungsproblem(decision problem)、チューリングのhalting problem, フォンノイマンアーキテクチャによるコンピューターの物理実装とクックとレヴィンによるP vs NPの複雑性クラス化、パスカルに始まる確率論を随伴として応用した幾何的決定問題の解決(モンテカルロシミュレーションやNP=PCP)に至るまでの歴史を内包した、logic, mathematicsと可換性のある計算機概念がcomputationである。
投資と経営におけるROICやIRRというのは、個別最適を目指すと必ず囚人のジレンマやナッシュ均衡になってしまう企業経営をより広域な整合性から縛り付ける不変量としてのルール関数であり、この関数が導入されることで全体の調和が生み出される。しかし、全体の調和とは個人や局所組織にとってのゲーム理論的反逆であるため往々にして直感に反する。この直感に反する意思決定を全体の調和のために実行するというのがcomputationの大きな目的(cooperation)となっているため、computationは局所ではイノベーター、革新者のように見えるのであるが、その実態は広域整合性を実現する合意形成主体(consensus algorithm)なのである。そしてこのルールはエミーノーターによる微分法則δ2=0的な対称性を持つleast action principle(最小作用原理)に則った最小限のgeodesic(測地線)である必要があり、局所の自由を維持しながら広域の目的を達成するという意味で、ルールとしてのアルゴリズムは最小作用原理に即している必要がある。ルールは少なければ少ないほどよい。したがってproof complexity(証明複雑性)やcircuit complexity(回路複雑性)という発想が出てくる。
Computationは系のエネルギー(摩擦・コスト)を最小化するトポロジーを人間の理解できる複素(測地線)決定にトラーケーションする作業と定義できる。ルールが多すぎれば系は硬直し(Complexityの増大)、少なすぎればカオス(Randomness)に陥る。そのLower Bound(下限)を数学的に決定することがComputationの議題である。
問題のトポロジーを幾何で特定した後にやることは最小作用としてのルールのlower bound(下限)を数学的に決定することである。チューリングが不可能性の境界を確定したのと同様、境界の確定は境界内部で動き回る粒子の最大自由度を約束する。局所の自由と広域の自由を最大化させるための最小限のルールのpolynomial-time的な策定というP vs NPを模索するのがcomputationなのである。 このcooperationを目的としたP vs NPの最適解模索のアウトプットが0 or 1のシークエンスとしてのboolean algorithmによるconstructive determination(構成的決定)であり、ROICをはじめとしたグローバルルールによるcomputational mediation(計算機的調停)なのである。限定演算能力を持つ個体が自由を求め動き回るゲームの舞台を前提として、構造的に局所論理パラドックスが発生してしまうという特異点トラップを広域整合性によって調停しようとするのがcomputationである。
philosophy ⊃ mathematics ⊃ computation
cooperation → law → corporation → computation
natural science → physics →computation
🌐 Theory of Computationへの収束
| 分野 | 関係性 | 特徴 |
| 論理、数学→computation | philosophy ⊃ mathematics ⊃ computation | 思考の形式化はトポロジーを幾何化する実行可能な手順へ還元されるcomputation problemである。 |
| 政治、社会→computation | cooperation → law → corporation → computation | 目的関数の合意により人の協力に解が出る。法が組織を作り、Price of Anarchyを解決する合意形成システムとなる。意思決定問題は本質的にcomputation problemである。 |
| 自然科学、物理→computation | natural science → physics →computation | 人間のみならず。物質や空間を含むあらゆる自然オブジェクトも限定的資源を持った利益相反問題のプレイヤーであり、自然科学、物理もcomputation problemである。 |
このような意味でのコンピュテーションはまだ語彙として、真の意味では日本国内に上陸していないということになりそうである。

