数学とは100%の精密学問である
数学は失敗を許容する。数学の論理を修正するために必要なコストは紙、鉛筆、またはタイピングのみである。数学は失敗をしたとしても修正が効きやすい学問である。一方で、数学的なhypothesisがtheoremであるかどうかを形式的に100%証明するのは、プロの数学者でも困難なチャレンジの一つである。自分が構築した説の中から、不要なものを徹底的に削ぎ落とし、少しでも少ない記述に落とし込む。また、証明論理の過程はboolean algebraの0 or 1にまで落とし込むことのできる厳密性を要する。数学は歴史的にコンピューティングそのものである。
IASのジェイコブルーリーは自分が新たな仮説をたて、それが100%数学的に証明できると「公表」するのは怖いことだと語っている。なぜなら、誤った場合、ゼロからやり直しになることもあるからである。
IASのウラジミルヴォエヴォドスキーは数学界で著名になればなるほど自分自身の証明が査読で100%検証されることがなくなり、自分の論理の穴は自分で探さないといけなくなったと語っている。最終的にはコンピューターとの対話(coq, unimath)を選んでいる。
これは投資や経営にも言えることである。規模が成長すると、全体を把握し切れる人はいなくなる。mathematicsとは人が前提公理として何を選択し、公理に矛盾がないかどうかを証明するproof theory(証明形式)の歴史そのものなのである。

