脳は数、空間、時間をどの部位で情報処理しているのか|A Theory of Magnitude
人間は「3個のりんご(数)」「2メートルの距離(空間)」「5秒の経過(時間)」といった全く異なる領域の感覚を日常的に処理している。一見すると無関係に思えるこれらの概念だが、脳科学の研究史においては「共通の脳内メカニズムで汎用処理されている」という仮説とその解証が重ねられてきた。
1. 頭頂葉を中心とする「共通量システム」の提唱:ATOM仮説
脳が異なるドメインの量を共通の尺度で処理しているという立場、Vincent Walsh (2003) による ATOM(A Theory of Magnitude) 。
ATOM (A Theory of Magnitude)
空間・時間・数は、主に頭頂葉(特に頭頂間溝:IPS / 下頭頂小葉)を中心とする共通の脳内システムにおいて、「行動(Action)のための量コード」として一括処理されているという仮説 (Walsh, 2003)。
飛んでくるボールを掴む、獲物との距離を測るといった実際の運動(Action)を発生させる際、脳は「大きさ」「距離」「タイミング」を別個に計算するのではなく、共通の計算プラットフォーム(頭頂葉)で一括変換することで超高速な処理を実現しているのではという仮説。
2. ネットワークモデルへの拡張:右頭頂・前頭ネットワーク
2000年代後半以降、脳機能イメージング(fMRI等)の発展に伴い、処理領域は単一の頭頂葉にとどまらず、より広い神経ネットワークとして捉えられるようになった。Bueti & Walsh (2009) は、数・空間・時間の処理が「右頭頂葉(Parietal)および前頭葉(Frontal)を含む量ネットワーク(Magnitude Network)」によって分散・協調的に行われていることを示した。
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頭頂間溝(IPS): 空間的配置や抽象的な数量の評価
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補足運動野(SMA) / 下前頭回(IFG): 時間的経過のモニタリングや行動の順序制御
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島皮質(Insula): 内部的な時間の感覚や感情的プロセスの統合
3. 連続的勾配:GradiATOMモデル
2020年代に入ると、神経撮像データのメタ分析や皮質勾配(Cortical Gradient)理論の導入により、「同じ領域で処理する」という表現の「解像度」が大きく向上した。その代表例が Cona ら (2021) によって提唱された GradiATOM である。
文献のメタ分析によると、数・空間・時間は同じボクセル(脳画像の最小単位)で完全に重なっているわけではなく、共有ネットワーク内部で連続的な勾配(Gradient)として並んでいることが明らかになった。
| ドメイン | ネットワーク内での特徴と近接性 |
| 数(Numerosity) | 空間と最も近く、IPS(頭頂間溝)内で強く重複・隣接する。 |
| 空間(Space) | 数と密接に相互作用(例:左から右へ数が増える感覚)。 |
| 時間(Time) | 共通ネットワークを維持しつつも、前頭葉(SMA)や島皮質などやや独立した領域に重点を持つ。 |
この「物理的・機能的に隣り合っている」構造こそが、日常で生じる「大きい数字を見ると物理的なサイズも大きく感じる(ストループ効果)」などのクロスモーダルな干渉現象の神経基盤であるとされる。
4. 標準モデルの例
神経撮像メタ分析(Neuropsychology Review 等)において、以下のモデルが採用されている。
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コアネットワーク:空間・時間・数は、IPS(頭頂間溝)/ SMA(補足運動野)/ IFG(下前頭回)/ Insula(島皮質) からなるフロン・パライエタル網で部分的に共有されている。
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右半球優位性:これらの量処理ネットワークは、右半球において特に強い結合(三重結合)を示す。
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部分共有と表象勾配:完全に同一の局所構造ではなく、共有領域内でトポグラフィックな勾配(GradiATOM)として配置されている。
文献
脳は数、空間、時間を「頭頂葉(IPS)を中心とし、前頭葉(SMA/IFG)や島皮質へと広がる右半球優位のフロン・パライエタル網」で処理している。
その基本構造は、Walsh (2003) の ATOM仮説(共通の量コード)を核としつつ、Cona ら (2021) の GradiATOMモデル(皮質上の連続的勾配による部分共有)へと解像度を高めながら発展を続けている。
引用文献 (References)
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Walsh, V. (2003). A theory of magnitude: common cortical metrics of time, space and quantity. Trends in Cognitive Sciences, 7(11), 483-488.
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Bueti, D., & Walsh, V. (2009). The parietal cortex and the representation of time, space, number and other magnitudes. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences, 364(1525), 1831-1840.
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Cona, G., et al. (2021). From ATOM to GradiATOM: Cortical gradients support time and space processing as revealed by a meta-analysis of neuroimaging studies. NeuroImage, 224, 117407.
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Meta-analysis Studies (2023–2025). In Neuropsychology Review, etc. (pinpointing neural regions commonly activated across space, time, and numerosity).
ロンドンのタクシードライバーは海馬後部が目薬1滴分ほど僅かに大きいというデータもある。“Navigation-related structural change in the hippocampi of taxi drivers” (2000, PNAS) ロンドンの道路網(約2万5,000の通りと数万のランドマーク)を記憶する試験「The Knowledge」を合格したタクシー運転手の脳をMRIで測定した研究で、広範な空間記憶と移動トレーニングによって、一般人やバス運転手(決められたルートしか走らない対照群)と比較して、海馬の後部(Posterior Hippocampus)の容積が物理的に有意に大きく拡大していることが観測されている。運転手としての職歴(実務年数)が長いほど、海馬後部の容積が大きいことも確認されている。
mathematics and computationは時間、空間に関する素養のトレーニング、街を歩いたりドライブすることも同様のトレーニングであると言える。

