真理を問うのをやめ、ホモトピー型証明に判断を委ねる時代

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真理を問うのをやめ、ホモトピー型証明に判断を委ねる時代

TANAAKKでは事業を数学、自然科学の公式を用いて組み立てようとしており、結果としては純資産2倍を12年間続けてきたものの、戦いの規模が数十億円に達すると、一つの致命的な間違いが全体を揺るがすことになってしまうという懸念がある。そして、小売、製造、建設、多国籍と変数が増えれば増えるほど、組み合わせ問題は指数関数的に増え、もはや少数の人間しか全体を捉えることができない。これは拡大の罠である。

このタイミングで定義すべきlaw of scaleは、変数(variants)を増やすことではなく、普遍量(invariants)を確定させることである。

空間や群の要素数に翻弄されるのではなく、要素を生成する原理を記述するホモトピー圏論的アプローチが必要である。

複雑性の爆発による証明形式の内部崩壊は数学の世界でも同じであったようだ。先駆者として人類の認知Boundaryを拡張している数学者は現代数学の公理という「自然停留」の「危うさ」に気づいた。人間はトポロジー的に停留するところがどこなのかを判断することができない。

①Aは公理である
②A=BであるのでBは定理である
という2つの成分の証明で数学は成り立ってきたが、問題の複雑性が増す中で、前者が間違っていること、あるいは後者が間違っていることを誰も厳密に証明することができなくなってきた。元々ゲーデルの不完全性定理で、公理自体が100%正しいことを証明するアルゴリズムは存在しないことが示されていたが、問題がない時代もあった。しかし、今の時代は問題が数年以内に露呈する時代になってしまった。

「①Aは公理である」という事実はかつて公理と信じられていたピタゴラス、ユークリッド、ペアノが全て公理ではなく、定理であったと格下げされたことで、時代が違えば、「Aは公理ではない」とaxiomaticityが全否定される瞬間が来ることが約束されている。

「②A=BであるのでBは定理である」の論理の組み立ては②-1『Aが公理でないことで崩れる場合』、そして、②-2『A=Bであるという主張自体の証明の組み立てが間違っている場合』がある。実はA=Bは証明しきれていなくて、A≠Bであるのに、査読を通ってしまうケースはある。

①も②もまちがっているのは最悪である。①も②も保証できないというのは、数学界ですら、もはやギャンブルか、単純接触効果ゲームか、あるいは、人気投票ゲームなのではないかという疑念が湧いてくる。

そこでVladimir VoevodskyやJacob Lurieがとったアプローチは、①は人類にもAIにも保証不可能だが、せめて②の同値性だけでも型で保証しようということである。Aがtrueでもfalseでも、「同値性 univalence」さえコンピューターで100%保証することができれば、0=0または1=1であることは証明される。そして0=0であるような存在根拠性のない定理は、もし仮に型が正しいとすると、「根拠なし=根拠なし」という結論が出るし、ある時代が間違った認知の上に成り立っているものであれば、「錯誤=錯誤」が証明される。Goalに進む方法について従来よりGlobal Minimumな方式が発見されればエナジーランドスケープ上の物理的効率性に基づきNatural Gradient(自然勾配)で置き換わるので、人間は正しいか正しくないかを判断する必要がなくなるということである。剪定(pruning)は自然という計算機に判断を任せた方が効率的だということになる。それも能動的な剪定ではない。「進むor進まない」という観測結果論、受動的な推論的枠組みになる。進むということは原理に合っており、エネルギーランドスケープにおける停留である。進まないということは原理に合っていないか、ランドスケープの停留地ではない。ここに感情や合議は必要ない、川が山から海に流れ込むのと同じ原理である。

人間は①も証明できないし、②も証明できない。一方、コンピュータは①は証明できないが、②は証明できる。①はどのみち証明できないとしても、時代に応じた適切な勾配で、①は結果論で採択される。(例えそれが近似値の間違いであったとしても)そしてこの近似値の合意形成、トポロジカルな停留を探るのがNatural ScienceやSocial ScienceであることをHistorical Studiesが型証明している。

これは丸ごと事業に置き換えることができる。もはやTANAAKKグループは500名以上の従業員、10以上の会社で動いており、一部始終を見守ることはできない。①Axiomaticity②Identity Typeのどちらも間違ったままで大きくなってしまった場合、100年後の子孫たちに迷惑をかけてしまうことになる。それであれば、②だけでも確実に証明したいと考える。

このようにTANAAKKの経営ももっぱらHomotopy Type TheoryやHigher Category, Derived Algebraic Geometryに寄っていくのである。

①が正しいかどうかは時代に応じた停留である。宇宙の粒を全て集めたとしても西暦2026年の地球経済に最も適した解を探そうと総当たりで探索したら、宇宙の寿命をかけたとしても総当たり計算が終わらない。停留はもはや個人や組織で判断できず、宇宙の計算資源を総動員するしかない。なぜかわからない美しいバイパス(≒理解不能)的な解が答えである。そして②が実現できれば、摩擦係数や損失関数が大きいものは自然と「進まない」ことでわかる。興奮、怒り、焦燥、だるさ、気分の重さ、思い通りに進まないこれら全て摩擦である。コホモロジーの生成原理に根ざしていれば、幾何や代数的な最小作用パスは摩擦が少ない方に進むことで、自動探索できる。事象の背景に多次元に広がる重力の「ねばり」と「おもみ」を推論により感じとるコホモロジー経営の時代が来ているのである。