P=NPである。

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P=NPである。

P=NPである。証明は可能である。しかし、証明を検証するための計算資源は永久に獲得できない。

この主題を命題として、真であるかどうかを証明するためにはいくつかのステップが必要となる。

P=NPの立場のスタンス

「P≠NP(解くのは検証より難しい)」と信じる場合、計算資源の獲得可能性を、論理的な不可能だと誤認しているからに過ぎない。「P=NP、これがあらゆるPとあらゆるNPにおいて真である。この主張を検証するためのリソースはある。しかし、人類や計算機といった局所資源では検証リソースが物理的に欠如するため証明記述できない」P=NPであるということは、あらゆる問題において、即座に一意な回答が出るということである。

そもそもアルゴリズムは存在するのか

「人間が想像するような『記述可能な手順』としてのアルゴリズムは、実は存在しない」アルゴリズムとは「入力を出力に変えるための中間的な手順(レシピ)」。しかし、「コルモゴロフ複雑性」の議論に従えば:

  • 極小記述の限界: 最も短いプログラム(アルゴリズム)が対象(宇宙や地球)そのものと同じ長さであるなら、それはもはや「手順」ではなく「実体そのもの」です。
  • アルゴリズムの消失: 「Aをして、次にBをする」というステップ(手順)が、現象の推移と1対1で対応してしまい、一歩も省略できないのであれば、それはアルゴリズム(計算の抽象化)ではなく、ただの「物理現象の推移」です。

つまり、アルゴリズムとは、人間が巨大な有限を「間引いて(近似して)」理解するために発明した「情報の軽量パッケージ」に過ぎない。ただし、その情報の計量パッケージだとしても、相互にコミュニケーションをとり、戦いや殺し合いを起こさずに共同生活を行なっていければそれで良いという捨象である。完全情報を圧縮することはできない。

ただし、ホログラフィック仮説やAdsCftのように、人間が驚くほど巨大だと思い込んでいるような超質量ブラックホールだとしても、その境界面を観測すれば、内部構造がどうなっているかをモデル化することができる。つまり、情報は完全であり、「ある」ものは説明しなくても「ある」ことが証明されうる。

P=NPにおける「即座」の意味

  • 非計算的解決: アルゴリズムが存在するということは、何らかの「計算ステップ」を踏むことを意味します。しかし、入力と出力が「即座に」結びついているのであれば、そこには「解く」という行為(アルゴリズムの実行)すら存在せず、あるのは「最初から正解の状態で固定された時空の構造」
  • Booleanの同時確定: すべてのゲートが最初から「True」の配置で固まっているなら、それを「たどる手順(アルゴリズム)」を定義する必要がない。

アルゴリズムは「局所的な捨象された合意形成ルール」

アルゴリズムとは宇宙の真理ではなく、生活の知恵である。これは法律と等価である。法律を一般市民が運用できるようになったのが現代という計算機時代である。「光の形」ではなく、重質量を持つ「局所生命」として、宇宙の巨大な情報の一部しか扱っていないので、全体集合ではなく、局所で処理しているということである。りんごを持ち上げるために重機は必要ないというのと同じ話である。

  • 減圧弁としてのアルゴリズム: 宇宙の全記述を扱えないため、便宜的に「1+1=2」といった短いルール(公理・アルゴリズム)を切り出す。
  • 存在の否定: アルゴリズムとは「宇宙の真理」としてそこに在るものではなく、「あまりにも巨大すぎる有限を、小さな脳で航行するために調整したショートカット・キー」である。
  • つまり、あらゆるアルゴリズムは目的が決まった場合、最小作用に一意に範囲が確定する性質を持っている。

「客観的な実体としてのアルゴリズムは存在しない。しかし、人間の合意形成や複雑な指示をパッケージングした便利なルール、記号としての狭義のアルゴリズムは機能する。

人間が「アルゴリズムを見つけた」と言うとき、それは宇宙の壮大な「一意の回答」の一部を、自分たちの「時間稼ぎ(生存)」に都合のいいサイズで切り取ったに過ぎない。しかしこのパッケージングは驚くほど大きな物体も制御可能である。

「あらゆるアルゴリズムを解くことのできるアルゴリズムは存在しない」というのはゲーデルの不完全性命題、やチューリングのHaulting Problemで触れられている。

ここでP=NPに戻ると、

あらゆる有限問題を即座に証明するSpaceとTimeの組み合わせがあるということは、特定の系内部のの任意のコードで証明することはできない。コルモゴロフの複雑性の理論に則ると、最も短く記述できる複雑系がその最小表現記法であり、最も短い最小表現記法が想像以上に暗号のように長い複雑系であり、線形でモデル化できるような単純な因果関係は錯覚に過ぎないというのがノーベル賞の発見である。

つまり、有限空間というのは人間という局所資源にとって、捨象して良いくらいに誤差を許容できるくらいの線形、非線形でモデル化できる局所があり、一つ一つの局所をBoolean Algorithmのように通り過ぎる際にTrueの値をえれば、空間航行を進めることができる。

空間航行するために空間そのもののあらゆる可能性を知る必要はない。人間にとって最も重要なのは最小経路を通ること。今日を無事に生きること、つまり最小の鍵で、認証を通過し、今日1日を死なずに栄養を補給して時間稼ぎができれば良い。永遠の時間稼ぎができる光の形になり、局所にとっては無限に感じる永久性から問題を捉えることができる。競争、適合、自然淘汰というのは、計算資源が広域であれば必ず勝者として残存することができる。光になれば、どれだけ大きな有限問題であったとしても、時間が経過しないため、まず問題に接触しないで時間稼ぎすることができる。光の状態で時間を稼ぎ、問題に接触する頃には、証明可能な計算資源を具備していれば良いのである。逆に証明可能な計算資源の範囲が特定でき、複雑系をパッケージングしたツールキットを得るまでは、証明が困難な問題に立ち向かう必要はないということだ。

無限について

無限という仮想空間についての認知も重要な要素である。無限は一般的には人間の認知を遥かに超えるほどの大きな有限のことという意図で表現されており、もし無限が存在するとしたらそれは差異のない均質な空間であり、有限で差異がある以上無限はないと言えそうである。しかし、ないことを証明できないので、無限はある。これはP=NPと同じ循環問題である。

全ての空間が広義の有限性のある可算空間(虚数、負の数やあらゆる分類概念も含む)である場合、その空間を最小で記述するコードは空間と同数あるはずであり、そうすると、真の回答は書き切ることができず、P=NPは真であるが極大有限空間が解を持つことを証明するためには極大有限空間そのものを全記述する必要があるためできないとなるが、人間が必要とする最適化問題のスケールはせいぜい目の届く範囲と、地球という部分的な局所資源の最適化であるため、解があるという錯覚を受けるが、地球全体のあらゆる問題を駆動するアルゴリズムをたった1行で記載しようとすると、それは地球そのものという結果になり、コルモゴロフのいう最小記述暗号は地球そのものということになる。

最大領域問題のアルゴリズムは証明できないという命題は真であり、しかし、最大領域問題も、等価にアルゴリズムであるは真である。しかし、そのアルゴリズムの最小記述はせいぜいい有限数であるものの、書いた途端に情報熱量はビッグバンから始まる宇宙そのものになり、人間にとって制御できるものではない規模になってしまう。したがって、数学的真理のありかと、人間という個体所与の制約のギャップにほとんどの数学者が悩んでしまうのはこれが原因だろう。

しかし人間にとってその寿命で解けない問題であるからと言って、P≠NPであるというわけではない。「P=NPである、個体が与えられた局所生命で生きている間にこの事実を前提として、ZKPにより、全ての道を開ける人はいる。ただし、証明ができる人間は一人もいない。」

人間のみならず、あらゆる計算資源(宇宙の一部を切り取った局所系)はP=NPを証明することができないが、ZKP的な真実であることは客観的事実によって推論されうる。

注意しなければならないのは、Axiomというのはあくまで、ZFCという形式主義に則って、地球上で複雑系をパッケージングして、再現性のある予測可能な社会及び信仰を作るために必要なルールを定義しただけであって、Axiomが真であるということは、ルールに則っているということを意味するに過ぎない。そして、ルールの前提から演繹した新たなTheoremも、ルールに則ったにより、生活(空間航行)に役にたつパッケージをツールキット化しているに過ぎない。ここにおける真実は局所航行をする際に、空間の全てを理解することなしに、単純な(※これは短いという意味ではなく、しばしばそれは複雑な様相を呈する最小セットの公理の組み合わせ)モデルの組み合わせで、問題が過ぎ去るということである。問題自体も宇宙の局所系であるので、局所系は必ず復号化できるということでもある。

チューリングはあらゆるアルゴリズムを解くことのできるアルゴリズムは存在しないといったが、P=NPはどんな問題にもアルゴリズムは必ず一意に存在するということになる。
P=NPであれば、可視光線によって捉えられない宇宙空間の観測方法はあるということになるし、人間が複雑性を驚くほどパッケージングかすることができるとしたら、人類はかなり可能性に満ちていると言える。

ただし、可能性に満ちているのは問題(相手)≦計算資源(自分)の場合に限る。相手>自分の場合は情報力学、熱力学的な限界を見極めることなくぶつかり、焼き焦げてしまう。問題(相手)=計算資源(自分)になる一意の座標を見極め、最小作用で空間航行をし続けるというステート(状態)がZKP的なP=NPの証明方法である。

結論1: 全ての局所系は「復号」可能である

宇宙の一部である以上、どんなに複雑に見える問題も、一意のアルゴリズム(物理的推移)によって「過ぎ去る」ことができる。人間がその複雑性を適切にパッケージング(抽象化)し、記号により操作する技術を磨けば、現在は「観測不能」や「解決不能」とされている領域(不可視の宇宙空間や複雑な社会問題)も、制御可能なツールキットに変えることができる。

結論2: 知性の役割の転換

知性の真の役割は、宇宙の全記述を書き出すことではなく、「どのパッケージを組み合わせれば、この局所問題を最小作用で突破できるか(最短(時間)ではない)」という、高度な認証パスの選択(航行術)問題に還元できる。

結論3:今日を生き抜くための最適な解は存在する

あらゆるアルゴリズムを解く一意の回答があるという前提は、今日を生き抜くために必要最小限の力で「時間稼ぎ」できる最良の一手が確定的に存在するということである。

命題: 「P=NPは宇宙を含む可能な限り広域な全体集合のスキーマに書き込まれた既成事実であり、人類の知性はその『答え』を書き写すためではなく、その『答え』の上を滑走、航行することに特化された局所的なインターフェースである。ただし、その局所には全体が記述されており、その最小の記述方法は全体と同値である。」

これは数学的な形式性を持った命題ではないかもしれないが、ここで提起したいのは、数学的な堅牢さを証明することと、今日やらないといけないことを持っている武器だけで解決することは別問題ということである。Ads Cftを拡大解釈すれば、今日起こる問題にはその人の人生の「航行」認証問題がホログラフィのように反映されているしかし、目の前にあるほんの小さく見える今日の問題を解決するために、永遠の問題に飛び込む必要があるということなのである。

「今日の意思決定」は人生総体の数学的に完全な情報写像であり、決定を反復的に変えることで、背後の巨大な質量の実態に介入できるという関係性にあるのではないかと考えている。