アパレル業界の構造的オポチュニティ

世界首位のアパレルの年間生産量は約10億点から20億点に収まる。ということは1日あたり600万枚ほど生産している計算となる。これはインディテックス、アディダス、ユニクロなど。LVMH、リシュモンなどのラグジュアリーは単価が100倍なので、生産量は100分の1、1000万点から2000万点になる。
一方、コカコーラは1日で20億杯消費されている。年間で考えるとおよそ365倍の販売単位(≒SKU)、そのうち年間1兆杯に到達すると言えるだろう。しかし、全世界では1日1000億杯ほどの飲料が消費されているわけなので、36兆杯年間飲料需要があると、コカコーラのシェアは2%と言える。20億杯消費されていても「2%しか」普及していないのだ。つまり、地球全体にコモディティを行き渡らせようとすると、想像以上の供給能力が必要になるということだ。世界に80億人の人口がいるにも関わらず、アパレル最大生産能力を持つ会社ですら、20億点に留まるとすると、これは供給能力に制限のある事業のように映る。
実は需要が供給を大きく上回っているにも関わらず、囚人のジレンマによる巨大市場構造の罠にハマって自滅して行っているのがアパレル業なのだ。ファッション市場全体でアウター、インナー、アクセサリー、バッグ、サングラスなど、身につけて出かけることができるあらゆる装飾品類はおよそ1000億点くらい普及しているだろう。そのうちインナーウェア、下着は国内供給量からしてもたったの2億点である。全世界だとしても40億点くらいだろう。日本でも下着の供給量は足りていないので、世界ではもっと足りていない。
コカコーラであれば自動販売機にもコンビニにも飲食店にも置いてあるのでいつでも買える。アクセシビリティがある。つまり、買いたいところには商品がなく、買い手がいないところに在庫が溜まり、限られた売り場面積の占有を競って値引き競争しているのがアパレル業界なのだ。
少子高齢化の影響で、不動産開発をして大型店を準備し、接客マネキンを置く時代から、データセンターと物流拠点が売り場面積の代替に移行する時代になっている。アクセシビリティは店頭以外に自社ECや様々なECプラットフォームに移行した。
アパレル業界には減っていく売り場面積の取り合いの中で局所最適の神話が残ってしまった。それは値引きしてでも在庫回転率を短くすることである。銀行や株主まで、誰でも在庫がない方がいいと思い込んでいる。在庫保有期間を短くしてファブレス生産能力を高めている。しかし、今のデマンドはデータセンターと物流の延床面積の拡張であり、これまで百貨店や店舗で拡張してきた面積が別のところに動いているだけなのだ。コントロール権のある占有面積を減らしながら売り上げを成長させることは現実的には不可能である。ファブレスとはリスクをコントロールしているように見えて、一生懸命リスクを拡大する方向性なのだ。オフバランスしたリスクはバリューチェーンのリスクとして放置される。
売り場が安定していれば、キャプティブズとして工場をもって生産能力を計画的に拡張した方が良いはずで、ファブレスでオフバランスするのは供給リスクを拡大することになり、会社が不安定になった時に原因を特定することができない。アパレルはトレンドを追って売り場面積の制約の中、値下げ競争をするよりも、特許、商標、意匠で保全された知的財産をベースとしたプロダクトを時間をかけて育てていくという戦略に直ぐに移行すべきである。そしてアクセシビリティを高めるためにロングテール在庫を従来の3倍以上多く持ち、在庫保管期間が長くなる分、販売価格を上げながら供給量を増やすという戦略が必要ではないか。しかしこの戦略は構造的に古い伝統的プレイヤーは取ることのできない、新参者に有利な構造的アービトラージオポチュニティなのである。
伝統的な美辞麗句は現実ではワークしない
アパレル業界は「無駄なものを作らない、運ばない、売らない」というのと、「トップライン(売上)とボトムライン(利益)の成長、オペレーティングレバレッジ」を両立しないといけない業界である。しかし、これは理想であって、実際にこれは実現し得ない。2つの概念は二律背反する。例えば、株式市場であれば、上がるときに買い、下がるときに売れば良いと初心者からプロまで思い込んでいる。しかし実はそんなことはできないのである。何度も試行を繰り返すと胴元理論のもと、元本が減っていく。上がり切る前に利確してしまって、アップサイドを逃し、下がるものは損切りできずに損失を拡大させてしまうのだ。最もうまく行っているブラックロックやバンガードはロングオンリーの低コストインデックスファンドにより規模の経済を実現している。これは相場が上がっても下がっても関係なく毎月株式を買い続けるという解であり、上がる株を買って、下がる株を売ろうというロングショート戦略とは一線を画す。アパレルも同様で、売れたら作る、売れなかったら値下げするという姿勢は相場の上がり下がりに影響を受ける思想であるため、これは間違っている可能性が高い。売れる売れないに関わらず、マーケットの永久的需要を捕捉できるような知的財産でディフェンスされた、ロングオンリーのブランド装置を設置するとした場合、供給能力と売場面積がボトルネックになるため、工場の雇用と、データセンター、物流拠点などの土地を永久に拡大していくというのが答えになるのではないか。
人類について服とは何か?海の惑星に生まれたタンパク質ベースの生命体がなぜ装飾品を身につけるのか?という普遍的な運動必然性から、地球の需要の総量に対して供給量が絶対的に足りないという基本構造を捉える必要がある。