株価分析の応用と経営実体分析|ネットレバードFCFイールド

財務諸表からROICを算出する際、目的は将来FCFの現在価値の最大化である。DCF法が目標とするものと同値である。ROIC算出手法は統一されたグローバル基準があるわけではない。ここではTANAAKKのGAAS事業やHITSERIES CAPITALで用いているネットレバードFCFイールドというROIC算定手法について紹介する。
企業の株式価値分析の基本
例えば、トヨタ自動車とAppleの収益力がどれくらい定量的に違うかという点について簡易的に評価するには1年分の有価証券報告書さえあれば良い。
トヨタ自動車ー第121期 2025年3月期 有価証券報告書
Apple 10-K 2024/9/28
NVIDIA 10-K 2025/1/26
株式価値分析と経営に必要な財務分析の違い
株式を購入する株主にとっては企業の価値というのはBPS, EPS, FCF per Shareなど、1株あたりというストックオプションも合算した希薄化後単位が重要となる。したがって、Bloomberg, S&P, Morningstarやあらゆる市販の株価に関する書籍は「株主にとって株を購入した方が良い会社か?」つまり、購入したら株価が下がらず、上がり続けるかという公開株式アービトラージの観点のみであると考えて良い。一方、非公開株式含む、事業投資、経営者として、企業の実態を把握し、経営再建、または業績の急速な向上を実現するために必要な財務分析は全く異なるといって良い。
株式価値分析
株価分析の場合は基本的に時価総額と相関した数字を見る。
- PER 株価純利益倍率
- PBR 株価純資産倍率
- PSR 株価売上倍率
- FCF Yield 株価に対するフリーキャッシュフロー
そしてこの数字を業界を切り分けて比較する。しかしながら、これには暗黙の前提がある。
業界ベンチマークという幻想
これは与えられた有価証券報告書が監査済みであり、「業界」というものが存在するという前提である。しかしながら、AppleとNvidiaは同じ業界なのであろうか?消費者はAppleとNvidiaの製品で迷うことはないにもかかわらず、株式市場ではApple, Nvidia, Microsoft, Meta, Alphabetなどを一括りの業界として扱っている。実際の現場において、AppleはNvidiaのことはほとんど考えずに事業を運営しているにもかかわらず、業績が急増している企業は似ているに違いないという外部からの推定を受けてしまっているのである。
有価証券報告書の会計方式に関する幻想
もう一点、監査済みの有価証券報告書という前提をそのまま利用してしまうことにより、実は株価分析はベンチマーク比較は比較できないものを比較してしまっていることになる。例えば、上場企業大手でも売上総利益率の考え方には大きな開きがあり、将来の成長に必要な研究開発投資も含む費用を製造原価に入れることによって売上総利益率(粗利率)をあえて高くしている企業もあれば、粗利率が高いということを主張してエクイティを集めようとするスタートアップは、本当は原価であるソフトウェア費用などを販管費に入れることによって、粗利は高いので、将来販管費を圧縮すれば粗利率の高い資本集約型のビジネスになるというのを誇張するためにAppleの40%よりもはるかに高い粗利率を設定している企業もある。このような粗利を高く見せる企業の販管費は実は原価であるものが多く、粗利益70%にもかかわらず、実際の限界利益率は10%くらいしかないため、業績が急増しないのである。
限界利益率=売上総利益率にする会計技術
一方、Appleの場合は40%の売上総利益率=40%の限界利益率と考えてよい。このように、会計上の見た目と、グロースする場合にどうなるかという投資家の期待に齟齬がないように決算書をきれいにしておくこと自体は監査対象ではない。有価証券報告書は常に「意図的に改竄されていないか?」を前提にして解釈し直す必要があるのだが、ほぼ全ての証券アナリストは与えられた有価証券報告書が正しいものとして事業を評価する。(むしろそのようにしないとインサイダー取引か、それかエビデンスベースではないただの根拠のない主張者に見えてしまう)
以上根本的な構造的欠陥によって、あらゆるキャピタルマーケッツの市場参加者は、事業に関する正しい情報を得られないという前提条件を抱えてしまっている。(利益は事業成長によるものではなく、株価成長により得られるからである。)株価成長は、構造によって作られる。毎年毎年、配当が増え、EPSが安定しており(BPSは自社株買い時代に関係なくなってしまった)、社債による自社株買いをし、従業員にストックオプションかアワードを発行し市場参加者を増やし、大手のインデックス機関投資家が毎月買付をし、国民の年金が増えるととともに株価が増えていくような構造を持つ企業だけが株価を享受することができる。ここに含まれる業績というのは増収ではない。毎年EPSが10%程度増え続け配当を出すことが重要であるため、一株あたりの純利益が増えれば良い。したがって、株価はコントロール可能な数字となる。売上の増加は機関投資家にとって必ずしも重要な要素ではない。
財務諸表から導く本来的な事業収益性の理解
過去のトレンド
一方、株価の構築とは異なり、事業の収益力を把握するにはどうすべきか?
- 過去のトレンド
- 未来のトレンド(投下資本に対する限界フリーキャッシュフローイールド)
の2つに分ける。過去のトレンドは株価分析とほぼ類似している。一つだけ注意する点は、企業の決算書はあらゆる事業ポートフォリオをまとめ上げた平均点による連結決算であることから、連結、単体、または事業部毎の管理会計の3点は異なるということである。しかしながら、全体の連結決算にある程度その企業の投資や経営に関する思想は垣間見ることができるため、過去のトレンドに対する一定の評価は可能である。ここで重要になるのは、以下の点である。
- 企業の本来の価値は株価ではなく、解散価値である。(Forced Liquidation Value)
- 解散価値はあらゆる資産から負債を除いたもので構成される。
- あらゆる資産というのは無形資産、有形資産で構成される。
- 無形資産、有形資産は収益が0であれば価値はゼロであり、収益があれば将来現金の割引現在価値(DCF)で算定される
- あらゆる資産を現金現在価値に割り戻して負債を控除すれば本当の株価(EV)が算出される。
- 最終的にConstant Currencyベースに換算されたキャッシュおよび現金同等物評価により実態収益力を判断することができる。(USD, EUR, JPYなどでは本来収益力の評価が難しい)
未来のトレンドに関する評価項目
一方、未来のトレンド、特に投資に対する期待限界利益率、期待限界フリーキャッシュフローは決算書に提示されている数字を組み合わせて解釈していく必要がある。
レバードFCFについて
株価分析は税引後の純利益(Earnings)による。EPS, PERが現代の株式市場の支配的な株価分析ツールである。一方で、Earningsは将来Earningsがどうなるか?の予測をもつ数字ではない。
例えば、純利益≠営業キャッシュフローである。大きな設備投資をしているから純利益が出るという場合はある。純利益率が高くても、総資産が大きすぎる場合は投資収益率(ROIC)が低く魅力的な事業ではない。
| No | 指標名 | 定義 | 計算方法 | 特徴 | 使用例 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 純利益 (Net Income) | 企業が一定期間に得た最終的な利益 | 売上高 – 売上原価 – 営業費用 – 利息 – 税金 | 企業の収益性を示す会計上の利益。非現金取引や特別損益を含む。 | 株価評価に直結。 |
| 2 | 営業キャッシュフロー (Operating Cash Flow) | 企業の営業活動から得た現金の流れ | 純利益 + 非現金項目 + 運転資本の増減 | 本業の営業活動が生み出す現金収入の実態を反映。利益との違いを示す。 | 営業活動の健全性を評価。成長企業や新興企業に重視。 |
| 3 | フリーキャッシュフロー (Free Cash Flow) | 営業キャッシュフローから設備投資を引いた後の現金 | 営業キャッシュフロー – 設備投資 (CAPEX) | 企業が事業活動を維持・成長させるために使う資本を差し引いた後に残る現金。 | 投資家への配当支払い能力や企業の健全性を示す指標。 |
| 4 | レバードフリーキャッシュフロー (Leveraged Free Cash Flow) | フリーキャッシュフローから負債の利息支払いや元本返済を差し引いた現金 | フリーキャッシュフロー – 利息支払い – 元本返済 | 高いレバレッジを持つ企業の現金流れを反映し、負債返済後の自由に使える現金。 | 負債を持つ企業の評価や負債返済能力を示す。 |
| 5 | 株主コスト控除後の修正レバードFCF(造語) | レバードフリーキャッシュフロー からエクイティ実態コストを控除 | レバードフリーキャッシュフロー-自社株買い-配当 | 自社株買いと配当は財務CFの表に入っている | これが最も有効なキャッシュ創出能力としての経営評価指標 |
| 6 | 投下資本に対する修正レバードFCFイールド(造語) | 投下資本(自己資本または総資本)に対するマージン | 修正レバードFCF➗投下資本 | あらゆる資本コストを考慮したキャッシュマージン | これが最も有効な資本収益としての経営評価指標 |
No.6の投下資本に対する修正レバードFCFイールドが最も有効な経営評価指標であるが、これは一般的な会計用語を発展させた概念である。No.6をNet Levered FCF Yield to Invested Capitalと仮に名付ける。
📊 ネットレバードFCFイールド(Net Levered FCF Yield to Invested Capital)
修正レバードFCFとネットレバードFCFイールド(FY2024)をトヨタ、Apple、NVIDIAのそれぞれに適用する。投下資本に対するリターンは以下の通り。
| 指標 | トヨタ自動車(FY2024) 十億円 | Apple Inc. (FY2024) Million USD | NVIDIA Corporation(FY2024) Million USD |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 48,036 | 391,035 | 130,497 |
| 売上総利益 | 9,578 | 180,683 | 97,858 |
| 販管費 | 4,782 | 26,097 | 3,491 |
| 研究開発費 | 1,377 | 31,370 | 12,914 |
| 純利益(Net Income) | 4,011 | 93,736 | 72,880 |
| 営業キャッシュフロー | 3,696 | 118,254 | 64,089 |
| 投資CF | △4,189 | 2,935 | -20,421 |
| 財務CF | 197 | -121,983 | -42,359 |
| キャッシュ増減 | △429 | -794 | 1,309 |
| 設備投資(CAPEX) | △3,190 | -9,447 ※ただし投資収益で全て支払いしている | -3,236 |
| 返済、利息 | △10,872 | -9,958 | -1,250 |
| フリーキャッシュフロー | △1,560 | 108,807 | 60,853 ※ただし投資CF考慮すると43,668 |
| レバードFCF | △12,432 | 98,849 | 39,182 |
| 自社株買い | △1,179 | -94,949 | -33,706 |
| 配当支払い | △1,259 | -15,234 | -834 |
| 修正レバードFCF | △14,870 | -11,334 | 4,642 |
| 投下資本(自己資本+有利子負債) | 74,184 | 163,579 | 52,687 |
| 投下資本利益率(NOPAT/投下資本) | 5.3% | 57.30% | 138.32% |
| FCFイールド(➗投下資本) | -2.06% | 66.55% | 82.88% |
| 修正レバードFCFイールド(➗投下資本) | -19.6% | -6.9% | 8.81% |
トヨタ自動車ー第111期 2025年3月期 有価証券報告書
Toyota-Yahoo Finance
Apple 10-K 2024/9/28
Apple Yahoo Finance
NVIDIA 10-K 2025/1/26
NVIDIA Yahoo Finance
過去に使い切った金、借りた金を投下資本の分母に入れるかどうか?
ROICは計算方法によって信頼度が変わる。
ネットレバードFCFイールドはエクイティに対してということで累計投下資本を用いるか、現時点の純資産(ブックバリュー)を用いるか、累計投下資本➕負債残高を用いるか、それとも買掛金を含む総資産を用いるかでも異なる。スタートアップの場合に一般化するとしたら累計投下資本➕負債残高を使用すべきだろう。(過去に使い切ってしまった累積損失は決算書に表示されないためだれも意識していないことが多い)
大企業の場合は簡易的に純資産➕有利子負債残高を使うか、与信自体資産と考えて純資産を分母に取ることも考えられる。本当は累計自社株買いや累計配当金額もプラスすると歴史上のNo1はアップルになるはずである。
トヨタのネットレバードFCFイールドはマイナスになる
フリーキャッシュフローを利用すると固定資産で現金同等性のある土地などの評価ができなくなるため、CAPEXの内訳に応じて現金同等性資産をFCFにプラスする必要はある。トヨタ自動車の場合、ROICは5.3%であるが、FCFイールドは-2.06%、修正レバードFCFイールドは-19.6%と悲惨な数字となる。キャッシュベースでは元本を目減させており、株主にも交渉力がなく会社にも金を残せない企業という通知表が実態なのである。投資キャッシュフローの支出先は車事業であるため、投資キャッシュフローの支払い先の資産価値はAppleのようには高まってはいないだろう。将来的には資産性が目減するものとしてネットレバードFCFイールドがマイナスであるのを受け入れるしかないだろう。
AppleはMarketable Securityで成長投資をマーケットに負担させる
Appleは66.55%という半端なく高いFCFイールドを誇り、刮目すべきはMarketable Security、主に低金利の社債発行と米国債の保有によるアービトラージによって、10billionほど必要となる毎年の固定資産の取得に必要なキャッシュを全てマーケットにオフバランスしている。これが富を得た企業の行き着く姿であろう。Appleはその収益の全てを株主に還元し、毎年元本を減らしながら純利益を維持している。
NVIDIAは圧倒的に低い世界一少ない販管費率で粗利を稼ぐ
NVIDIAは増収率よりも増益率の高い、オペレーティングレバレッジのお手本のような企業である。投資キャッシュフローではPEやベンチャーキャピタルにFunds of Fundsとして資本を分配し、GPUを購入するスタートアップエコシステム自体を主体的に構築している。販管費の低さとROICの高さは世界一である。
以上の通り、投下資本に対するリターン、Return on Invested Capitalというのは事業収入によってだけ生まれるものではない。投資CF、財務CFが一体となって会社の財務諸表が形成されるため、事業だけで勝つだけでは企業の戦いに勝つことはできず、Wealth Managementの一連の技術が必要となるのだ。
ROICの定義の揺れー最も信頼性の高い「ROIC」は?
ROICは何か一点を示すものではない。ROICは信頼性の高い信じられるFCFイールドから、NOPAT/純資産という信頼できない数字まで多種多様である。
・ROICをどう算出するか?
・中期経営計画でROICの定義と目標をどう設定するか?
・月次のROICを経営判断にどう活かしているか?
という解釈の余地に企業経営者が現象をどのように解釈しているかの思想や、マーケットをリードしているのか、フォローしているのかのポジショニングや、経営、株主、債権者全てのエコシステムを自分で動かしているかのカルチャーまでが反映されているのである。
日本で最も大きな企業が実質的には借金(国民負担)で運営されており、世界のベンチマークとは比べ物にならないくらい低いROICで運営されており、次の20年で追い抜かれるべきポジションにいるということは日本のスタートアップ経営者は認識しておくべき事実である。

