Survivor’s Premium|投資と事業のコアは先行者利益ではなく、残存者利益である|事業は40年目以上で社史の90%のFCFを稼ぐ
先行者利益という言葉は好んで使われる傾向にある言葉だが、投資と事業においては識別しづらく、そもそも存在していない概念かもしれない。先行者はメディアには注目されるものの、現実的に最重要であるフリーキャッシュフローを産むことはない。フリーキャッシュフローを生む頃には磨ききられ興味をもたれなくなっている。たとえば歯車やネジやバネに興味がある人はそんなに多くないが残存者利益がある。先行者利益の対局概念として、重視すべきは残存者利益、つまりサバイバーズプレミアムである。売上と市場成長には関連性はあるが、利益と市場成長には相関関係はない。マージンは市場成長に加えてネット市場参加者(残存者ー撤退者+新規参入者)によって決まるものである。
例えば年間20%成長しているAI市場はネット市場参加者またはネット投資額が20%であるとする。そうするとネット市場成長率は0%である。
一方国内建設市場の成長率が3%に対してネット投資額が-1%であるとする。そうするとネット市場成長率は+2%である。
TANAAKKでは、先行者利益を取り合い参入者が多いAIよりも、市場成長している一方でネット市場参加者がマイナスであり、今後も大きな技術革新が起こる可能性もさほどない伝統産業の方が少子高齢社会においては参入しやすいと判断している。(特に日本3大市場である小売、製造、建設はサバイバーズプレミアムが発生している。第4位の医療も徐々にサバイバーズプレミアムが発生している。)
🧭 1. 先行者利益(First-Mover Advantage)とは何か?
- 新市場に最初に参入し、競合よりも早くブランド認知・シェア・規模の優位を築くこと。
- 例:Amazon(eコマース)、Google(検索)、Uber(ライドシェア)など。
典型的なメリット
- ネットワーク効果
- スイッチングコストの設計
- 規模の経済
- ブランド資産の蓄積
しかし実際には…
- 「最初に動いた者が最初に倒れる(pioneers get arrows, settlers get land)」という現実も。
- インフラ整備、教育コストを先行者が負担し、模倣者が最適解を低コストで再構築することも多い。
- Amazonは一番最初のEコマース事業者ではなく、一番最後のEコマース事業者としての残存者利益ポジションを固めたに過ぎない。(先行者はたくさんいた)
🧱 2. 残存者利益(Survivor’s Premium)とは?
概念:
- 長期にわたって市場に「残り続けた者」が得る構造的利益
- 技術革新、資本調達競争、顧客との信頼関係、制度対応力を耐え抜いた者にしか得られない褒賞
具体的には:
- 信用格付け・取引継続実績
- 生存企業のマーケット集中による平均利益率の向上
- 「撤退による供給減」→「価格上昇」→「利益率上昇」
- 倒産・再編後の再分配の恩恵を被る立場
🏗️ 3. 投資・事業における戦略的意義
観点 | 先行者利益 | 残存者利益 |
---|---|---|
起点 | 技術・アイデアの独自性 | 継続と再構築の能力 |
投資判断 | ハイリスク・リターン不明 | ミドルリスク・安定成長 |
経営資源 | 短期集中・スピード | 継続的改善・リスク管理 |
KPI | 初期シェア・獲得数 | LTV・再購入・信用残高 |
成功確率 | 低い | 高い、地味で着実 |
📈 日本的経営・インフラ産業での事例
- 建設業・鉄道・保険・医薬品など、参入障壁が高く、構造的に「残る者が勝つ」モデルが多い。
- 認知されるまでに20年、トップシェア確立までに40年かかるビジネスで、日本は成り立っている。
- 大企業では自分たちの飯の種として純利益を産んでいる事業が完成するまでに50年かかったことをみんな忘れており、新規事業を3年で完成させられないと撤退だと思い込んでいる。
- 新規事業は形を作るまでに10年、20年目くらいから本当の旨みが出てくる。世界最速で成長するビジネスであっても社史のほとんどの純利益を稼ぐのが40年目以降である。
みんなが終わったと思ったくらいから本当の利益回収が始まる
アップルは1976年に設立してからの50年弱でもっともフリーキャッシュフローを生んだのは最後の10年である。最後の10年で社史の90%以上のFCFを生んでいる。
ビルゲイツは設立20年目にビリオネアで世界一になり、マイクロソフトの株を売り始めたが50年目の現在まで売らなければ現時点で1兆ドルの資産を持つはずであり、配当だけでビル&メリンダ財団を運営することができた。
つまりほとんどの人がもう成長は終わったと感じるずっとあとに残存者利益は発生し拡大し続ける。
1. Appleの事例:最後の10年が黄金期
- Appleは1976年設立。
- 2011年にスティーブ・ジョブズが亡くなり、「Appleの革新は終わった」と多くの人が考えた。
- しかし実際には、2014〜2024年の10年間でAppleは累積FCFの90%近くを生んだ。
- つまり、スティーブ・ジョブズが亡くなってからの方がAppleは調子が良い。成長も加速している
- FCFは2014年に歴史的な首位企業だったJP Morganを超え、その後も拡大している。2020年代前半で年間US$100 Billionを超える。
- ROICは60%以上、さらに拡大している
ポイント:
- 構造を作ったのは最初の30年(プロダクト、エコシステム、ブランド)
- 世界首位の純利益を計上したのは48年目
- 利益を刈り取ったのはその後の10年(48年目から57年目)
2. ビル・ゲイツの事例:時間が最大の資産だった
- 1986年にマイクロソフトが上場。ゲイツは約45%の株式を保有。
- 1994年ごろから徐々に売却。慈善活動等に充当。
- 1995年に世界一のビリオネアになる
- 2025年現在では1.5%未満まで減少。
- 一方マイクロソフトが初めてJP Morganの純利益を超えたのは2020年
- もし売らずに保有し続けていれば、ゲイツは1兆ドル超の資産を持ち得た(2024年時点のMSFT時価総額3兆ドル×45%)。
- マイクロソフトは1975年創業だが、Appleと同様に2014-2024年までの最後の10年で会社の累計純利益総額の7割以上を稼いでいる
- つまり、World First Trillionaireはビルゲイツだった可能性があったが、売りを急いでしまった
- 成功者であっても、事業の成長について見誤ってしまうことの好事例である
ポイント:
- ゲイツは**創業者利益(創業時の成功)**は享受したが、
- **残存者利益(40年目以降のスケールメリット)**は手放した。
3. SBGとNVIDIA
NVIDIAは1993年創業。ソフトバンクグループ(SBG)は、2017年5月に約40億ドルを投じて、NVIDIAの株式4.9%を取得し、同社の第4位の株主となった。
しかし、SBGは2019年初頭にこの全持株を売却し、約33億ドルの利益を得た。NVIDIAが成長しきったと判断し早期売却してアームを100%買収したが、NVIDIAが本当にフリーキャッシュフローを生むのは創業20年目からであった。
現在保有していた場合、162 Billion(23兆円)の価値である。これはアリババの成功を超えるリターンであったし、ソフトバンクグループが日本一の企業になる可能性があったが逃してしまった。
● 2017年:
- SBGは約40億ドルでNVIDIA株式を取得(約5%弱の持ち分)。
- 当時のNVIDIAは、ゲーム用GPUを主力とする成長中の半導体企業だったが、AIやデータセンターへの大転換はまだ本格化していなかった。
● 2019年:
- ソフトバンクは「十分に成長した」と判断し、NVIDIA株をすべて売却。
- その利益を元に、英国のArm Holdingsを約3.3兆円で買収。
● その後のNVIDIA(2020年以降):
- ChatGPTや生成AIブームで需要が爆発。
- 株価は2019年の売却時点から10倍以上に上昇。
- 2023年には年間FCFが200億ドルを超える規模に成長。
- 2024年には時価総額3兆ドルを超える世界最大の企業の1社へ。
- NVIDIAは社史の23年間のうち最後の3年で社史の95%の純利益を創出した。
【構造的分析:残存者利益の見誤り】
項目 | 売却判断(2019年) | 実際の現象(2020年以降) |
---|---|---|
ビジネスモデルの成熟度 | GPUは成熟市場、今後は限界と判断 | GPUがAIインフラの中核に進化 |
利益構造 | EPS・FCFの規模はまだ限定的 | FCFが指数関数的に成長開始 |
競争優位の捉え方 | AMDやインテルとの競争が激化と判断 | CUDA・AI最適化で事実上の独占構造を形成 |
【示唆:時間的レバレッジを見誤ると…】
- フリーキャッシュフローは「遅れてやってくる」
- インフラ的企業(NVIDIA、AWS、Google Cloudなど)は、成長構造が整った後に利益を爆発的に生む
- 残存者利益は、時間を耐え抜いた者のみに与えられる
- スティーブ・ジョブズ、ビルゲイツ、SBGは「イノベーションの先取り」は得意でも、「耐え抜いた構造が支払うフリーキャッシュフロー」を待てなかった
【戦略的教訓】
- 「十分に上がった」=「終わった」ではない
- 上場20年、成長20年、本当のFCFはその後に始まる
- 成長の頂点は人生の後半に収束する
- テクノロジー企業に限らず、人間と同じように企業は20歳で成人してから稼ぎ始め、40歳で熟してから人生の集大成としての利益を加速的に積み上げる
- 事業の本質は時間を重ねて判断しないと見えてこない
- Apple, Microsoft,NVIDIAの割引現在価値、NPVを10年前に遡って算定した場合、圧倒的に割安であった。
- 市場停滞 × ネット参入者減 × 残存優位が重なった結果、残存者利益を一気に爆発させた
Survivor’s Premium|戦略的インプリケーション
- 「いつ売るか」ではなく、「いつまで持つか」が利益差を生む
- 短期的には「衰退」に見える局面こそ、長期的な残存者利益の前夜
- 時間は構造的なレバレッジ:Time > Timing
- サバイバーズプレミアムを得られるのは、あらゆる可能性を探って積極的に行動する賢さではない。あらゆる可能性をシミュレーションした上で、消去法で最善策を見出し、あえて動かない賢さである。