グローバルの錯覚、ローカルシェアの積み上げ
グローバルとはイリュージョンである。
チューリングの停止問題やヒルベルトの決定問題から言えることは、あらゆるアルゴリズムを解くことのできる汎用的なアルゴリズムはないので、ローカルアルゴリズムのライブラリーを作るしかないという制約条件、可能性の境界線である。
つまり、あらゆる事業を統一できるスーパーヒューマンはいないしスーパーAIも実現することができない。汎用デバイスのdistributed computationによるconcensus algorithmがシングルインスタンスの高性能デバイスよりも優位になるのは数学的、物理的要請なのである。
したがって端的に言えばロールスロイスやフェラーリはプリウスやアクアの軍団に負ける宿命を持っている。
所有権者が一人しかいない豪邸は持分が分割された五つ星ラグジュアリーホテルにいつも負けることになる。
事業にはグローバルシェアなんてものは存在せず基本的には人間の認知できる範囲のローカルシェアしか存在しない。ローカルシェアを積み上げるとあたかも日本全国、あるいは全世界のシェアがあるように錯覚されるがグローバルシェアNo.1であったとしても、それはマーケットがあることの証明にしかならず参入余地があることしか示さない。シェア首位はあくまでどこにでも普及していることを意味するわけではない。
例えば三菱は丸の内を抑えているが森ビルは港区を抑えており、日本橋は三井が抑えている。三菱が大きいからと言って港区の最大シェアを取れるわけではない。また港区の中でもあくまでS,Aクラスビルの最大手が森ビルなのであって中堅ビルや住宅の全てが森ビルなわけではない。あくまでローカルシェアの戦いなのであれば港区の雑居ビルマーケットはガラ空きなのである。

