ERPや基幹システムのシングルソースオブトゥルース、単品管理理想はROICスプレッド観点から完全否定できる
1. 「管理コスト」という名の見えない負債
伝統的な小売業や製造業では「1円、1個単位の正確な管理(シングルソースオブトゥルース)」が正義とされてきた。キャッシュレジスターやPOSを導入し、単品管理をする企業が成長したため、IT投資は小売業の中核であるという間違った幻想があった。
単品管理を徹底し、システム投資に積極的だった企業はD2Cのグローバルメーカーの垂直統合に押されている。小売業の究極のスプレッド源は、「1点毎の品質管理や、1点毎のトレーサビリティ、需要予測の精度ではない。」
原価計算を一生懸命にしているように見える自動車大手企業の内部でも、部品が鉄、樹脂、銅と増え、パワートレインからトランスミッション、インフォテイメントと製造設備や工程が多様化すると、結局何のために原価情報を入力しているかわからないくらいに、原価管理と粗利益率の1対1対応は紐づけられなくなる。結果として、部門毎の創作活動が始まり、支出を他部門に寄せて自分の部門の利益率だけ高そうに切り取り、プレゼン上手が出世していくこととなる。
人間の盲腸が何の役に立っているかわからないが盲腸の維持コストはかかっているのと同様、真のコストは単体決算、連結決算単位まで積み上げていかないとスプレッドが成立しているかどうかの証明ができない。つまり、究極的なことを言うと、部分的な原価計算による経営分析は一生報われない。
あらゆる事業のROICスプレッドの核は、仕入れて、売るマージンを最大化することである。調達や物流で規模の経済を働かせバイイングパワーを高め、需要があるところでプライシングパワーを形成して売る。ROIC(投下資本利益率)の観点から見れば、分析もしないデータを保存し、因果関係を見いだせないデータ入力や正確性の担保を過度に維持するためのシステム投資、保守、そして現場の工数は、すべて「分母(投下資本)」を肥大化させ、「分子(利益)」を削る行為に他ならない。
- 100円の商品のための1円の管理: 1個100円、利益10円の商品に対し、厳密な単品管理を維持するためのコスト(RFID、POS、棚卸し、データクレンジング)が1円かかっているなら、それは利益の10%をドブに捨てているのと同じ結果となる。
- 意思決定について、根拠を揃えていくエビデンスベースは説明責任を果たすための隠れ蓑にはなるが、それは成果をあげられることとは異なる。
- エビデンスはゴールに従属する変数であるべきである。エビデンスベースはゴールベースに従属し、現実を認知するために簡略化、複雑性が要素還元された「モデル」の運用をするために、局所的にエビデンスを採用するという姿勢が最小作用原理に沿っている。
- つまり、エビデンスベースは、モデルベースに従属する変数であり、モデルベースはゴールベースに従属する変数である。
2. 「単品管理」は動的な最適化を阻害する
単品管理の理想は「過去のデータ」に基づいた予測や直観を促すが、それは目の前の道路を見ず、「ダッシュボード、バックミラー、サイドミラーだけを見て運転する」ようなものである。
- 静的なデータ vs 動的なフロー: シングルソースオブトゥルース(単一の真実)を構築しようとすると、データの整合性を取るために「処理待ち(レイテンシ)」が発生。
- 今日必要なリアルタイムのデータは絶対に今日得られることはない
- 組織の売上が1兆円単位になると、データを入力させたり、収集させるだけで数十億円の支出となる
- いっそのことデータを取らない方が合理的である
- ROICへの悪影響: 整合性にこだわって意思決定が遅れるくらいなら、多少の誤差を許容して「今、目の前にある需要」に反応して、ゴールベース、モデルベースで調達し、需要のある場所に在庫を流す方が、資本回転率は劇的に向上する。
- 何がヒットしているか?どこの景気が良いかというマクロ事情は、ミクロなデータを分析しなくても株式市場や業界統計の公開情報だけで十分推測が可能である。
3. オペレーティングレバレッジを殺す「システム複雑性」
ERPや基幹システムを「単品管理」のために高度化すればするほど、システムの維持費は固定費化し、売上の伸びに対して利益が伸びにくくなります。つまり、過度なデータ収集への意欲はオペレーティングレバレッジの敵である。
- 非連続な成長の妨げ: 100店舗の単品管理を1,000店舗に広げる際、システム負荷とデータ整合性のコストが増え、後戻りできない程に肥大化、ブラックボックス化するなら、そこにオペレーティングレバレッジは効かない。
- 「管理のためのシステム」を構築するのではなく、「管理が不要なアーキテクチャ」(例:SKUの極限までの削減、店舗を介さないダイレクト配送、カメラによる曖昧な在庫把握)に投資することで、固定費を下げ、レバレッジを最大化することができる。
- しかし、部門を減らす、工程を減らすというのは人間が好んでできる仕事ではない
- 人員を減らしすぎて悪いことは意外と少ないのだが、経営者やマネジメントは人員を減らすことを恐れる
4. 結論:目指すべきは「管理の精度」ではなく「構造のシンプルさ」
ROICを最大化するのは、精緻なERPパッケージでも、完璧なシングルソースオブトゥルースでもない。物理を把握しようという願望を精緻化すればするほど、初期値鋭敏性でカオス理論の罠にハマる。
「最も効率的なプロセスは、プロセスそのものが存在しないことだ」
- 管理を捨てる勇気: 100円のものの行方を追うのをやめ、物理的なボトルネック(物流、製造リードタイム)を解消することに資本を投下する。
- アーキテクチャの勝利: 単品管理という「点」の最適化を捨て、ユーザー需要から調達までのスプレッドを直結させる「線」のアーキテクチャへと移行する。
- いつ使うかもわからないデータを一生懸命インターネットや店舗で集め、さらに街頭調査やアンケート、ユーザーインタビュー、座談会まで開くのがマーケティングの主流となっているが、あらゆる広告宣伝投資や販売管理の努力は無駄かもしれない。需要が伸びているマーケットでは、能力が低そうな経営陣でもうまく経営していることが多々ある。
- 能力主義の罠 能力が高い経営陣はそのまま能力をフル活用しては罠にはまり、想像以上にうまくいかない。高い能力を持ちつつも、あえてその能力を出さなくて良いように無駄なものを徹底的に省き、簡単な仕事でスプレッドを取れるようにするのが真に能力のある経営者の仕事である。その場合、周りから見たときに何の仕事に取り組んでいるかわからないという見た目になるだろう。

