金(Au=79)の生成条件と崩壊条件
r過程で金(Au)が生成される条件
金は、宇宙でもごく限られた極限環境でしか生成されない。その代表が r過程(rapid neutron capture:急速中性子捕獲過程) 。現在の理解では、主な生成現場は中性子星同士の合体(NS-NS merger) や、 一部の特殊な超新星爆発内部と考えられている。
1. r過程とは何か
r過程(rapid neutron capture process)はその名の通り、中性子捕獲の速度が非常に速い核反応プロセス。 原子核が β 崩壊で安定するよりも速いペースで中性子を次々と取り込み、 一気に重い原子核へと成長。
- 条件:中性子捕獲時間 < β 崩壊時間
- その結果、質量数
A > 200のような重元素が形成される - 最終的に β 崩壊を経て、金(Au, Z=79)・白金(Pt)・ウラン(U) などの安定核に落ち着く
2. 温度の条件(T)
r過程が起きる環境は、極めて高温。
- 典型的な温度レンジ:
T ∼ 109 〜 1010 K(10億〜100億 K) - この温度では、核反応が極めて活発になり、中性子の熱運動も relativistic に近いレベルに達する
- 高温により、核の励起・反応レートが大幅に増加する
3. 中性子密度の条件(nn)
r過程は圧倒的に高い中性子密度。 これによって原子核は β 崩壊で落ち着く前に、中性子を浴び続ける。
- 必要な中性子密度:
nn ∼ 1022 〜 1030 cm−3 - 実際に金のような重元素が大量に生まれるのは、
nn >rsim 1028 cm−3のような極限領域 - この環境では、原子核は「安定することなく」中性子を飲み込み続ける
4. 物質密度の条件(ρ)
高い中性子密度は、必然的に高い物質密度と結びつく。 r過程環境は、通常の恒星内部よりもはるかに高密度。
- 典型的な密度レンジ:
ρ ∼ 106 〜 1012 g/cm3 - これは、白色矮星の内部から中性子星の外層(crust)に近い密度スケール
- 金が生成されるのは、おおよそ
ρ ∼ 107 〜 1011 g/cm3程度と考えられる
5. 圧力の条件(P)
高温・高密度に伴い、圧力も極端に大きくなる。 電子縮退圧・中性子縮退圧・放射圧などが支配的。
- 典型的な圧力レンジ:
P ∼ 1023 〜 1028 Pa - 比較:
- 地球中心:
∼ 3.6 × 1011 Pa - 太陽中心:
∼ 2 × 1016 Pa - r過程環境:そのさらに 7〜12桁上 の圧力
- 地球中心:
6. r過程が起きる天体・現場
中性子星合体(Neutron Star Merger)
- 現在、金や白金の主要な起源と考えられている
- 2つの中性子星が合体する際、外層の中性子リッチな物質が吹き飛ばされる
- その ejecta(放出物)の中で r過程が進行し、重い元素が合成される
- 重力波イベント GW170817 の観測により、実際にこのシナリオが強く支持された
一部の超新星爆発
- 特定のタイプのコア崩壊型超新星やマグネター形成時に、r過程が発生すると考えられている
- ただし、金の全量に対する寄与は中性子星合体ほど大きくないとみられている
r過程は「中性子星コアほど高圧では起きず、しかし通常の超新星中心ほど低圧でも起きない」という“中間圧力帯”でのみ発動する。
🔱 r過程は「超新星のコアと中性子星コアの中間の圧力帯」で起きる。
✔ 特定条件の超新星コアでは r過程が発生することがある。
✔ だが「全ての超新星で起きるわけではない」。
✔ 主要生成源は中性子星合体である。
🌌 r過程に必要なのは「中間圧力帯」である理由
r過程の成立条件(重要順):
- 中性子密度が極端に高く(10²⁴〜10³⁰ cm⁻³)
- 原子核が存在し、自由に中性子を捕獲できる
- β崩壊できる電子が存在する(重要)
- 完全な核物質状態ではない
ここから重要な制約が生まれる:
❌ 中性子星コア:圧力が高すぎて r過程不能
- 原子核が消失(核物質)
- 中性子が自由ではなく縮退
- 電子の存在がほぼ無い → β崩壊できない
- 中性子捕獲どころか“核”が存在しない
→ r過程は不可能
❌ 通常の超新星中心:圧力が低すぎる
- 中性子密度:低すぎる(10²⁰ cm⁻³未満)
- 中性子はあるが“洪水”にはならない
- β崩壊が高速に起こり、Aが成長しない
- 原子核をどんどん重くできない
→ 本格的な r過程は起きない(軽い元素まで)
⭐ 中間圧力帯だけ r過程が成立
典型値:
- 温度:10⁹〜10¹⁰ K
- 中性子密度:10²⁴〜10³⁰ cm⁻³
- 密度:10⁸〜10¹² g/cm³
- 圧力:10²³〜10²⁹ Pa
🔱 「中性子星 crust(外層)や超新星の“爆縮後の一瞬”」だけが到達するという構造になる。
🌋 2. では超新星コアでは r過程が起きるのか?
答えは:
✔ 特定のタイプの超新星では r過程が起きる。
❌ 通常の超新星では起きない。
以下の分類。
① ❌ 通常のコア崩壊型超新星(Type II, Ib, Ic)
→ r過程は不十分
- 中性子密度が低い
- 圧力が足りない
- 電子ニュートリノの照射で中性子が減る
- Feより少し重い程度までしか行けない
金(Au)はほとんど作れない。
② ✅ 特殊な超新星(マグネター型・ジェット型)
→ r過程が可能
- 爆発が非対称でジェットが形成
- 磁場:10¹⁵ガウス級 → 中性子注入が激増
- ニュートリノ風の組成が非常に中性子リッチ
- 中性子密度:10²⁴〜10²⁸ cm⁻³
- 温度:10⁹〜10¹⁰ K
この環境は中性子星 crust と同等で、
r過程が“部分的に”進むことが観測的にも理論的にも示されている。
ただし:
- 中性子星合体に比べると生成量は桁違いに少ない
③ ⭐ 中性子星合体の ejecta(放出物)
→ 最強レベルの r過程発動場
- 中性子密度:10²⁸〜10³⁰
- 温度:10¹⁰
- 原子核が自由化し、電子も存在し、β崩壊が可能
ここだけが金・白金・ウランを大量生産する。
🔹 1. r過程は中性子星コアでは起きない
→ 圧力が高すぎて、核そのものが存在しない。
🔹 2. r過程は超新星コアでも通常は起きない
→ 圧力・中性子密度が低すぎる。
🔹 3. r過程が成立するのは「中間圧力帯」だけ
→ 中性子星 crust
→ 中性子星合体 ejecta
→ 特殊なジェット超新星
🔹 4. 金(Au)を本格的に作るのは中性子星合体だけ
→ 超新星は“一部の例外を除いて”金生成には弱い。
7. 生命・文明との階層的な違い
生命体を構成する元素(H, C, N, O, Fe など)は、通常の恒星内部の核融合またはs過程 slow neutron capture process)で生成。
| 反応 | 主役 | どこで起きる? | 生成物 | 速度 |
|---|---|---|---|---|
| 核融合(fusion) | 陽子・α粒子 | 恒星中心 | H→He→C→O→…→Fe | 高速 |
| s過程 | 中性子捕獲 | AGB星の外層(恒星進化の末期プロセス) | Sr, Y, Ba, Pb など | 遅い |
| r過程 | 大量の中性子捕獲 | 中性子星合体など | Au, Pt, U など | 超高速 |
一方で金は、中性子星合体や一部の超新星内部といった極限状況で生成される。
- 生命:軽元素中心(H, C, N, O…)
- 文明:鉄までの工業元素
- 金・白金・ウラン:r過程という「極限現象」からしか供給されない重元素
つまり、金(Au)は軽元素文明とはまったく別の階層からやって来た「宇宙の深層の産物」であり、 その希少性と生成条件の特殊さが、文明のアンカーとしての意味を与えていると考えることができる。
8. r過程での金生成条件・数値まとめ
| 物理量 | 典型レンジ | 説明 |
|---|---|---|
| 温度 T | 109 〜 1010 K | 10億〜100億 K。核反応が爆発的に進行する高温。 |
| 中性子密度 nn | 1022 〜 1030 cm−3 | β崩壊より速いペースで中性子を吸収できる超高密度。 |
| 物質密度 ρ | 106 〜 1012 g/cm3 | 白色矮星〜中性子星外層レベルの密度。 |
| 圧力 P | 1023 〜 1028 Pa | 電子・中性子縮退圧+放射圧が支配する極限圧力。 |
| 時間スケール | τcapture ≪ τβ | 中性子捕獲時間が β崩壊時間より十分に短いことが必須。 |
| 主な現場 | 中性子星合体 / 特殊な超新星 | 現代宇宙物理では、中性子星合体が金の主要な生成源と考えられている。 |
金(197は)原子核に79個の陽子と118個の中性子を持っている。これはr過程の中性子捕獲の結果、中性子が陽子に崩壊して安定したということである。
r過程の一連の反応:
- 中性子が洪水のように押し寄せる環境
- 核はひたすら n (neutron)を捕獲する(Z (Zahl, atomic number)は変わらない)
- そのあと捕獲した n が β崩壊して p(proton) に変わる
- 中性子過多 → 崩壊 → Z が増える → 別元素へ移動
- 最終的に 安定島(Z=79, N=118)に落ちた瞬間が金(Au-197)
つまり金は:
宇宙の暴走反応の中で唯一 Z=79 に落ち着けた核。そこから外れると金ではありえない。
金が崩壊する条件
1. 高温(超新星コアなど)で金がバラバラになる条件
フォトディスインテグレーション(高エネルギーγ線で核が分解される)
🔥 典型レンジ(超新星爆発の内側)
温度 T
- おおよそ:
T ∼ 3 × 109 〜 1010 K - 目安として「数 10 億〜100 億 K」
- このとき
kTは数百 keV〜1 MeV くらいで、 γ線の高エネルギーテールが核の結合エネルギー(数〜8 MeV/核子)を叩ける領域。
密度 ρ
- おおよそ:
ρ ∼ 109 〜 1010 g/cm3 = 1012 〜 1013 kg/m3 - 白色矮星よりずっと上、崩壊直前の恒星コアレベル。
圧力 P(オーダー感だけ)
- 電子縮退圧+放射圧+ガス圧を含めて:
P ∼ 1025 〜 1027 Pa
この領域に入ると、Au のような重い核は:
- γ線で α粒子・中軽核・最終的には陽子・中性子レベル までバラされる
- いわゆる 核統計平衡(NSE) の状態になり、 元が金だったか鉄だったか、もはや区別不能になる
つまり:
T ∼ 数 × 109 〜 1010 K、 ρ ∼ 109 〜 1010 g/cm3 くらいが、 「金が高温でバラバラになる典型レンジ」
2. 超高密度(中性子星・ブラックホール内)で潰して壊す条件
重力で核を潰して “中性子の海” や “クォーク・グルーオン・プラズマ” にする
🟣 中性子星内部(核物質化)
密度 ρ
- 核物質密度 ≒
ρ ∼ 2 × 1014 g/cm3 = 2 × 1017 kg/m3 - これが「普通の原子核がベタ詰めになった密度」。
圧力 P
- 中性子星中心付近で:
P ∼ 1033 〜 1035 Pa - (地球中心は
∼1011 Paくらいなので、20〜24桁違う世界)
温度 T
- 形成直後は
∼1011 K級 - 落ち着いた中性子星でも内部は
108 〜 109 K程度
この状態では:
- 金核(Au-197)どころか、「個々の原子核」という概念自体が持たない
- 物質は “中性子リッチな核物質(ほぼ中性子の海)” になり、 元が金であろうが鉄であろうが関係なくなる
⚫ ブラックホール特異点に向かう極限
ここは理論的にも完全には解けていませんが、「少なくともこれくらいは必要」という下限のイメージ:
- 密度: 中性子星よりさらに上(定義上は発散に向かう)
- 圧力: 少なくとも
1035 Paを余裕で超える領域 - 温度: 数
1012 K以上のクォーク・グルーオン・プラズマ領域が想定される
ここまで来ると:
- Au という核種は完全に崩壊し、クォーク・グルーオン・プラズマ、さらに場の励起のレベルに落ちる
- → 「金」という概念そのものが消滅
3. 地球・恒星レベルと比べたときのギャップ
地球中心
T ∼ 6000 Kρ ∼ 13 g/cm3P ∼ 3.6 × 1011 Pa- → 金は余裕で固体 or 液体として生きている世界
太陽中心
T ∼ 1.5 × 107 Kρ ∼ 150 g/cm3P ∼ 2 × 1016 Pa- → まだ Au 核は壊れない
🔱 まとめ
金核が実質“生き残れない”典型レンジ:
高温で分解するケース(超新星コア・r過程環境)
T ∼ 109 〜 1010 Kρ ∼ 109 〜 1010 g/cm3P ∼ 1025 〜 1027 Pa
高密度で分解するケース(中性子星〜ブラックホール内)
ρ ≳ 1014 g/cm3P ≳ 1033 〜 1035 PaT ∼ 108 〜 1012 K
このどちらかの分解領域に入らない限り、 金は「金のまま」生き残り続ける
まとめ
金の生成はビッグバンでも恒星内部でもなく、中性子星の外郭や衝突、ジェット超新星などの r過程という極限環境に限られる。一方で金の崩壊が起きるのは、中性子星コアやブラックホール特異点のような、宇宙でも最深層の極限環境のみである。それ以外の宇宙のあらゆる場所で金は安定であり、固体・液体・気体・プラズマ・裸核のどの状態でも核として存続し続ける。陽子崩壊や宇宙の終焉まで、金は“宇宙で最も長生きする重元素”と言える。
✔ 金(Au)はビッグバンでは生成されない
→ BBN は H, He, Li まで。
✔ 通常の恒星内部でも生成されない
→ 核融合で生成できるのは Fe まで。
✔ 金が生成されるのは r過程だけ
発生場所:
- 中性子星の外郭(crust)の物質が吹き飛ばされた領域
- 中性子星同士の合体(最大の金生成源)
- 一部のジェット型超新星の中心部(レアケース)
✔ すべて “極限の中性子密度+超高温+核の暴走環境”
そこで初めて Au-197 が生成される。
🔥 金が崩壊される条件は宇宙でもほぼ存在しない
- ブラックホールの イベントホライズン外側
→ 金は絶対に壊れない(イオン化はするが核は無事) - ブラックホール内部の 特異点付近
→ 核物質の限界が超え、Au-197 は分解される - 中性子星の コア
→ 原子核そのものが存在できず、Au は壊れる
これら以外で金が壊れる場所は 宇宙にはほぼ存在しない。
🌌 つまり金は
✔ 超新星中心(10⁹ K)でも壊れない
✔ 太陽中心(1500万 K)でも壊れない
✔ 重力崩壊でも壊れない
✔ 中性子星の外側では壊れない
✔ プラズマ状態になっても壊れない
✔ 電子が全て剥がれて裸の核になっても壊れない
壊れるのは 核物質階層以上 → 特異点級だけ。
🧬 金は永遠に安定
Au-197は:
- 放射性崩壊しない
- 核構造が極めて安定
- 宇宙の時間スケール(10¹⁰⁰年)でも変化しない
- 陽子崩壊(仮説)が起きるまで存続
つまり:
宇宙の寿命、熱的死、星喪失、銀河崩壊を超えて金は「核として」残り続ける唯一の元素の一つ。固体、液体、気体、プラズマになろうが裸核になろうが、Au 核自体は不滅に近い。
核構造として最も安定供給されるのは「鉄(Fe-56)」である。しかし“宇宙で最も長生きする元素”は金(Au)と言える。
✔ 鉄(Fe-56)の安定性
- 核結合エネルギーが最大
- つまり「核融合」も「核分裂」もしづらい
- しかし比較的普通に生成される
→ 恒星内部で大量生成
→ 破壊もされ得る
✔ 金(Au-197)の安定性の種類
- 核構造として“壊れにくい”
- かつ「生成環境が極限」「破壊環境も極限」
- 普通の宇宙現象では壊れない
- ほぼ永久に安定
- 破壊できるのは中性子星コアとブラックホール特異点だけ
| 観点 | 最も安定 |
|---|---|
| 核結合エネルギー | 鉄(Fe) |
| 宇宙生成の希少性 | 金(Au) |
| 破壊されにくさ | 金(Au) |
| 宇宙寿命スケールでの生存 | 金(Au) |
「金は宇宙階層の中で最も“壊れにくい存在”である」

