ルシアンM&AとPMIの振り返り|ROIC経営のデジタルバリューチェーン、報酬設計への全面インストール

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ルシアンM&AとPMIの振り返り|ROIC経営のデジタルバリューチェーン、報酬設計への全面インストール

TANAAKKが提唱するROIC経営をルシアンPMIのスローガンとして全面導入したことで、30年連続減収減益という危機的状況からのターンアラウンドを実現した。黒字化に要した時間は6ヶ月間であったが、以下に2025年4月1日からの半年間で実装した経営管理体制をラップアップする。

1933年京都創業の老舗企業の社名、企業文化を維持、レイオフすることなく雇用を維持しつつターンアラウンドを実行した点で国内でも珍しい事例と言える。

ROIC経営のハードルレート4段階

  1. リスクフリーレート >5%
  2. 上場企業平均 >10%
  3. 上場企業上位10% >20%
  4. 上場企業5位以内 >30%

ROICに応じた企業の成長ポテンシャルを上記の4分類で定義し、調達、生産、物流、卸、販売、ECおよびアメリカ、ベトナム、日本、中国の全拠点にROIC、IRR、オペレーティングレバレッジのコンセプトを導入。Product Led Organic Growth™の基礎的な器の整備を実現した。

3つのROIC経営基本アクション

ROIC=元本×スプレッド×ターンオーバー

  1. 元本を減らす。資本レバレッジ
    • リースによるオフバランス
      • ラップトップ、繊維機械
    • キャッシュコンバージョンサイクルの改善
      • 不利な契約になっている売掛金の見直し
      • 買掛金について、売掛金とのバランスをするために電子手型の活用
    • 都市銀行、地方銀行との連携
      • 設備投資、運転資金、成長資金、外国投資について手分けし各銀行と連携
  2. スプレッド(マージン)の最適化
    • プライシングパワー – バイイングパワー
      • 計画的に販売単価が上げられるよう、ROIC経営を前提として、マルチチャネルで最も高く購買するプレミアムバイヤーを探せるデータ体制。(プライシングディスカバリー)
      • 規模の経済を働かせることができるよう、計画的に知財を取得し、商標、意匠、特許、著作権による価格形成力を元とした、計画的な生産能力の拡張を実施。
      • 元本を増やしてもスプレッドが減らないか(オペレーティングレバレッジ)
  3. 回転率の最適化
    • ターンオーバーが年に何回あるか
      • 資本回転率
      • 在庫回転率
      • 損益分岐点
      • 元本を増やしてもターンオーバーが減らないか(オペレーティングレバレッジ)

3つの意思決定原則

  1. PLOG
    • Product Led Organic Growth
    • 製品主導の自律成長
    • 広告費や販促費に頼ることのない、知財をコアとしたブランド育成
  2. PcLOG
    • Principal Led Organic Growth
    • 自己資本主導の自律成長
    • 営業キャッシュフローの創出による内部調達による自律成長
    • 外部からのエクイティ調達には頼らない成長戦略
  3. LAP
    • Least Action Principle
    • 最小作用原理
    • 目的を明確化し、最小のリソースで実現できる方法を模索
    • 時代の変化に応じて柔軟に構成を変更できるマイクロサービスアーキテクチャ

上記ROIC経営および意思決定3原則のデータスキーマ化

ROIC経営コンセプトをオペレーションに導入し、クラウドソフトウェアで制御するために一連のITインフラストラクチャ環境を整備した

一般化された基幹システムモデル

デジタルバリューチェーンのデータスキーマ

【1】PDMS:Product Design Management System
   └─ 商品企画・仕様・開発データ生成
    ↓
【2】QMS:Quality Management System
   └─ 製造実績・品質検査・不良品トレース
    ↓
【3】OMS:Order Management System
   └─ 受注・納期・引当処理
    ↓
【4】IMS:Inventory Management System
   └─ 倉庫横断の在庫数量管理
    ↓
【5】WMS:Warehouse Management System
   └─ 実作業(入庫・出庫・棚卸)
    ↓
【6】TMS:Transportation Management System
   └─ 配送・配車・トラッキング

   ⇄ 外部:EC/卸/量販店 EDI・3PL・検品会社・配送業者

【7】IMS:Invoicing Management System
 →OMS連携、量販店API/EDI
【8】Bookkeeping/Accounting System
 →クラウド会計
【9】Data Analytics
 →クラウドデータレイク

GAAS型アーキテクチャ

GAASコンセプトの元、ルシアンPMIのシステム選定についてはマイクロサービスアーキテクチャーを取り、オーバーエンジニアリングにならないよう、また、多様な事業に柔軟に対応できるよう、事業ポートフォリオの分類、各事業部のビジネスロジックを定義し、最小作用原理に則ったシステム導入を心がけた。

事業ポートフォリオの堅牢性強化

  • 将来的な経済不安や需要変化に対して、増収増益で切り抜けることのできる強靭な事業ポートフォリオの設計
    • 国内百貨店、量販店を少子高齢化による縮小市場とみなさず、どこに需要が集中しても柔軟に動くことのできる器を準備
    • 海外販路をアジアパシフィック、北米、欧州の3つに分類し、需要のある国には計画的に在庫を配置、現地のEC、倉庫ネットワークを構築
    • ドル、ユーロ、人民元、円などの主要貨幣経済圏に販売網を持つことにより、価格弾力性を強化し、プライシングパワーを計画的に向上するための柔軟な最適価格のディスカバリーネットワークを構築
    • 売上構成の大きなPBプラス™事業に依存することなく、自社知的財産をコアとしたルシアンインナーウェア、コスモ、レースを計画的に世界展開

🧭 格付けAAAの定義

格付機関(S&P、Moody’s、Fitchなど)の定義を要約すると:

「極めて高い信用力。長期にわたり経済環境が著しく悪化しても、債務履行能力が損なわれる可能性が極めて低い」

つまりAAAは、“予測不能な複数のストレスイベントにも耐え得る” という概念が前提。たとえば、以下のような複合ショックを想定しても破綻しない構造であることが条件となる:

  • 世界金融危機(例:2008年)
  • コロナ禍のような実需変動
  • 金利急騰、インフレショック
  • 通貨、貿易の急変動
  • 主要顧客や取引銀行の倒産

💡 AAA企業の共通項

要素内容
自己資本比率50%以上(無借金経営に近い)
FCF(フリーキャッシュフロー)複数四半期連続の正値維持
ROIC > WACC長期的にROICが10%超で安定
事業ポートフォリオ分散地域・通貨・商品・顧客が分散
資本政策配当・自社株買いの余力が常にある
リスク管理構造経済危機時の“自律再生”プロトコルを持つ
経営哲学借入依存ではなく、内部留保主導のPcLOG

ROIC経営に準じた報酬設計

従来の売上目標および在庫圧縮のKPIは、プロダクトSKUごとのオペレーティングレバレッジやROICに準ずることのないKPIであり、人事評価の上で以下のような局所性が発生していた。

  • リスクを警戒し、プロダクトの先行生産ができない
    • インナーウェアであれば、1万点ずつの生産しかできず、ヒットしたとしても次のシーズンにしか増産できない。ヒットしそうだとしても10万点の先行生産ができない
      • 知財をコアとした、模倣保全により、計画的な生産増強を実行
      • ルシアン、コスモを皮切りに、各種OEM事業も含め商標化(PBプラス™、ルシアンレースアトリエ™、ルシアンアミュレット™)
      • 部活ブラをはじめとする、商標、意匠、特許を組み合わせた独自ブランドの計画的増産。
      • 外部特許事務所2社を巻き込んだ知的財産の取得と保全の知財チーム化。
  • 世間でヒットした商品を各社が同時に増産し、1年後に在庫が大量に余って見切り販売する
    • 常に他社の動向を見つつ、各社が安売り競争をする。
    • メーカーは機能比較に陥る
      • 他社の商品リリースや価格に影響を受けない生産販売方法の確立
      • 機能ではなく、ブランドエクスペリエンスによるファン層の育成
  • 値引き販売による赤字はトラッキングされない
    • とにかく点数を売れば良いので、広告費がかかっていてプロダクトライフサイクルでは赤字になったとしても、担当者は売り切れば評価されてしまう
      • オペレーティングレバレッジのない増収は水増し会計と同等のものとしてオペレーション倫理を徹底。
      • 売上を作っただけでは賞与はもらえない、営業利益および営業キャッシュフロー創出が報酬上限に。

ROIC経営の現場導入のベストプラクティス

ROIC経営が謳われて久しいが、TANAAKKがGAASを提供する過程で国内上位200社の1兆円級の大企業の経営陣や事業現場にインタビューした限りでは、ROIC10%という分母と分子が何を指すかはほとんど理解されていないと言える。そもそも、大企業のバリューチェーンは巨大すぎて誰も把握できていないのが実態であり、出てくる数字は銀行口座の入出金履歴ではなく、各事業部内で創作された数字であることが多い。さらに部門間の内部会計が入ってくると全く持って創作になってしまう。大企業になればなるほど事業実態をステアリングする上で真実の数字を把握することが難しくなっているのである。ルシアンではGAASの集大成として、理想と現実のギャップを埋めるためのデジタルバリューチェーンを実装し、ROIC経営を現場レベルで運用できるよう工夫をしたことで6ヶ月という短期での黒字化を実現した。

ROIC経営にまつわるコンフリクトオブインタレスト

ROIC経営は最上位目標であるがために、あらゆるステークホルダーとの利益相反の調整が主な実施項目となる。

ROICスプレッド(売りと買いの差益)の最適化

ROICスプレッド=元本×利益率×回転率

ROICスプレッド向上の3要素

  1. スプレッド設計(プライシングパワーとバイイングパワー)
    • あらゆる事業は製造、小売、建設に関わらず、「買い」と「売り」の差益で実現する。
    • 「買い」と「売り」に関係ない要素に時間を使わない
    • 「買い」と「売り」のボリュームを増やすこと、そしてスプレッドを高めるプライシングパワーは場当たり的には実現しない。場当たり的な反応はプライシングパワーを下げていく。常にプライシングパワーは直観的な反応に反する設計的作業である。
  2. 規模の経済(Law of scale)実現の財務設計
    • Law of scale、つまり売りと買いを10倍にしながらPLOGを継続し、FCFイールドとオペレーティングレバレッジを高めるにはエネルギーを外部から補給しながら規模を拡大する財務計画が最重要となる。
    • 調達、加工、販売のいずれに関しても基本的には損益分岐点までは先行投資が必要である。「規模の経済」を明確にゴールとし、実現するまでは黒字成長は不可能である。
    • 黒字化する目標と、黒字で成長すること(オペレーティングレバレッジは)異なる目標である。
    • 事前に損益分岐点、規模の経済を計画する必要がある
    • 規模の経済事業に取り組む経営責任者の給与は赤字決算であっても高いことがある。これはDCF(ディスカウンテッドキャッシュフロー法)に基づく給与設定であるからである。
    • 局所利益を取ったとしても全体利益が指数関数的に伸びることはない。重要なのは、地球規模の広域最適と局所最適の結合点を設計することである。
  3. Conflict of interest⇄モデル自体のシナジー
    • やらない理由とやる理由を明確にする
    • 構造的に利益相反するものはスケーラブルにならない。例えば、製造業の大企業に人材紹介プラットフォームの新規事業を運営させようとしても製造業のカルチャーなので実現しない。IoT SaaSは製造業のカルチャーで実現可能。
    • シナジーを探す企業は多いが、実はConflict of Interest(制約条件)はシナジーと表裏一体である。
    • シナジーの条件とは経営資源の制約条件の明文化によって可能となる。隣接するバリューチェーンであって、シナジーがあってもCOIに不可避な問題がある場合は進出すべきでない。


ビジネスを「仕入れから販売までのステークホルダー全員の利害調整とスプレッド(差益)創出」として理解すると、規模の経済を働かせる際に必ず 利害の衝突(Conflict of interest) が潜み、それを調整・設計することがROIC経営の基本になる。

取締役会の議題|ROICスプレッド、プライシングパワー、規模の経済、Conflict of interest

ROIC経営の出口

ROIC経営の出口はシンプルな数字のオーガニックグロースである。ルシアンに置き換えるのであれば、年間平均のSKU単価と生産点数である。5秒に1回の生産が1秒に1回になるだけで年商は5倍になる。

ルシアンの市場シェア(国内)

ブランド国内販売点数平均単価国内売上高国内シェア(金額)国内シェア(点数)海外売上比率
ルシアンインナー300万点1000円30億円0.875%
4000億円
2.25%
2億枚
15%
ルシアンレース200万点250円5億円15%
ルシアンコスモ200万点250円5億円15%
合計700万点40億円6億円

基準(1年の秒換算)

単位換算値
1年 = 31,536,000秒(365日)
1年 = 525,600分
時間1年 = 8,760時間
1年 = 365日
1年 = 12か月
1年 = 1年

ルシアン 各部門・合計 点数 ÷ 時間単位 マトリックス(点換算)

部門秒あたり分あたり時間あたり日あたり月あたり年あたり
ルシアンインナー0.09515.71342.478,219250,0003,000,000
ルシアンレース0.06343.80228.315,479166,6672,000,000
ルシアンコスモ0.06343.80228.315,479166,6672,000,000
合計0.221913.31799.0919,178583,3337,000,000
  • 年間販売点数:700万点
  • 販売ペース:1年あたり31,536,000秒なので
    → 7,000,000 ÷ 31,536,000 = 約0.222点/秒
    → 1点あたり約4.5秒


ルシアン製品は 約4.5秒に1点売れている 計算。ちょうど、ルシアンが1年で生産する品目数を1日で生産できるようになれば、年商は1兆円となる。

表面的な変革ではなく、実質的なROIC経営の導入

この事例では、GAASアーキテクチャが短期間でパフォームすることが証明された。90年近い歴史を持つ京都発の老舗ブランドを、レイオフゼロ・文化維持のまま再生。ROIC経営は「経費削減」ではなく「構造転換」として活用された。“利益体質化しながらも、職人・地域・文化を守る”という日本型資本主義の理想モデルとなりうる。一般的にはM&Aの事例は社名を変えたり、ロゴを変えたり、組織再編をしたりという一見わかりやすい改革を表に掲げるが、社名やロゴを変更するコストは甚大であるため、ROIC経営の観点からは最後の手段になりうるはずである。デザインをリニューアルしたところで、資本スプレッド(ROIC-WACC)や営業スプレッド(プライシングパワー vs バイイングパワー)に貢献していなければ全く効果がないどころか、マイナス影響である。ROIC経営のもと、複数年のIRRをコンペティティブなものとし、スプレッドを維持しながらスケールするというオペレーティングレバレッジを実現するのがディストレストやターンアラウンドの基本終着点といえよう。

株式市場においては、資本スプレッドと営業スプレッドを維持しながらスケールするかという基本的な稼ぐ力(オペレーティングレバレッジ)がなくとも脚色できてしまう。PLOG, PcLOGのような実態成長ではなく、テクニック的なBPS、EPS、DPS成長を演出することができてしまうため、真実の数字を扱うよりも、演出する方が楽になってしまうのだ。真のグロース&オペレーティングレバレッジは経済における重力であり、ブラックホールのように周辺にあらゆるリソースを集めることができる。

まさに、GAASのステートメントどおり、「真実は、演者よりも雄弁に語る」

現実という壮大な劇場では、観客が脚本を理解するかどうかに関係なくショーは続く。その劇場では、真実が理解の限界を超えて機能することに深い美しさがある。-TANAAKK