21世紀後半はD2Cというデジタルフィジカルバリューチェーンが垂直統合された自治モデルの一強時代になる

D2C(ダイレクトトゥコンシューマー)
知的財産を中核に据え、意匠、商標、特許による技術保全を前提として、デジタルとフィジカルの両面でバリューチェーンを垂直統合するD2C(Direct to Consumer)型デジタル知財製造小売業が、いま軒並み増収増益を遂げている。これまでの時代はビジネスは競争であり、勝つか負けるかの2択であった。しかしD2Cを選んでいる企業は全員勝っているのである。それも列挙すると100とか1000とかの規模になる。こんな成長産業が成立したのは38年間生きてきて初めてである。
かつての小売業が「土地」をコア資産としてバイイングパワーを発揮していたのに対し、モダンビジネスの一丁目一番地は「データセンター」と「ロジスティクス」へと完全に移行した。伝統的小売業のプライシングパワーは囚人のジレンマの過当競争にさらされ、知財保全によるディフェンスができていないことにより、情報化によるトランザクション増加のスピードに負けて、価値のコモディティ化のスピードに対抗するプライシングパワーをもはや有していない。
D2Cの強さは、過去のどの成長市場とも質的に異なる。その本質は、商材がデジタルであれフィジカルであれ関係なく、知財・データ・物流を垂直統合して、利益成長を自ら予測可能性の枠組みの範囲内に設計できる自治構造にある。
EV、漫画、ゲーム、化粧品、ファッション、製造設備、建設設備―どの産業領域においても、D2C企業はプライシングパワー(価格決定力)とバイイングパワー(仕入れ交渉力)の双方を掌握し、相対的に高いマージンでベンチマークを上回るROICスプレッドを実現している。
これほどまでに公開市場における業績報告(EPS増、DPS増)の予測可能性が高く、かつ長期的な成長が約束されたビジネスモデルが登場するのは、石油・鉄道・自動車産業以来、約100年ぶりの現象である。
しかもこの潮流は一過性ではない。今後20年は確実に、あるいは100年単位で続く可能性すらある強い需要構造である。
テクノロジー進化の終着点としてのD2C
1970年代以降、テクノロジー産業は幾度もイノベーションによって巨大市場を生み出してきた。
インターネット、モバイル、Eコマース、ソーシャルメディア、IoT、クラウド、セキュリティ、AI—そのすべてが、D2Cという最終形態に収束している。D2Cは50年のテクノロジーエコシステムの集大成である。
D2Cとは、単なる販売モデルではなく、市場経済の中に形成された「自治特区(economic autonomy)」である。これは帝国主義や列強の衝突にもかかわらず自治を伝統的に維持してきたパリやミラノの街のようなビジネスモデルである。パリは誰が王になろうと、誰がPresidentになろうと屈しない自治権と経済合理性を有している。
自治区では中間流通層が機能的に吸収・再編され、強いブランドを有する、時代に応じたD2Cオーナーが生産・販売・顧客接点のすべてを直接支配する。
マーケットプレイスやプラットフォームは、D2Cブランドにとって効率の良い“従属チャネル”であり、常にコスト競争に晒される下請的立場に転落する。パリの経済的成功の反面でフランスの総理大臣が短期で何度も変わるのは政治ですら、経済の下請けに陥っていることの証左である。絶対的権力者は表舞台にはいないのだ。
一方、D2Cブランドは貨幣価値のインフレや世界的な富の増加を背景に、価格競争とは隔絶した摩擦の少ない大気圏外であらゆるコストを消費者に転嫁しうる。
供給能力が制約されれば、それを価格調整によって需給均衡へと導ける。
この結果、売上成長率よりも利益率の伸びが上回るという稀有な「オペレーティングレバレッジ現象」が発生する。
これは資本主義史上でも極めて稀な、構造的優位性である。
バリューチェーンを自在に操る知財主導経営
D2Cの本質は「直販」ではなく「直間制御」である。
自社ECや旗艦店舗を基盤にしつつ、ECモール、流通商社、卸売ネットワークを収益効率性とスケール特性に応じて最適配分できる。
Appleが必要に応じて家電量販店や通信キャリアにiPhoneを限定卸しするように、D2Cブランドもチャネルの主導権を完全に保持している。
気に入らない販売経路からの撤退も容易であり、その意思決定スピードこそが旧来の卸売業モデルとの決定的な差異である。
支配から制御へ
この「チャネル制御構造」と「知財の自社所有」が合わさることで、D2C企業は地理的な市場を超越した価格交渉力を持つ。
世界中のプレミアムバイヤーと直接つながり、最も高く評価される市場に供給できる。
これこそ、デジタルフィジカル統合時代のグローバル・マイクロ主権経営である。
D2Cは21世紀後半の産業コアとなる
D2C型企業群の純利益は、すでに伝統的な銀行・石油・鉄道産業の水準を超え始めている。
これは単なるトレンドではなく、構造的に利益率が高止まりする産業転換である。
そしてその基盤には、デジタルインフラへの継続的投資がある。D2Cに至るまでのあらゆる途中のビジネスはグローバルD2Cに劣後する。消費者主権を適切にインストールした企業は公開市場に接続はするものの、株式という所有権をあけわたしてはいないかもしれない。資本、占有、消費のオープン化によるエネルギーフローは非上場でも作れる時代になりつつある。
D2Cの背後には、クラウド、AI、物流ネットワーク、データセンター、3D製造、RFID、サプライチェーン自動化といった物理×情報のインテグレーション技術が張り巡らされている。
所有から占有へ、占有からタイムシェアリングへ
D2Cは「土地・製造・消費」という産業の三位一体を再構築する21世紀型コアインダストリーであり、その勢いは数十年単位で止まる気配がない。所有権は従来の意味を失いつつあり、貨幣経済に基づく占有権こそがオーナーシップの本丸となった。さらにこの占有権も敷金礼金仲介料を取れるような年単位、月単位の占有ではなく時間単位、従量課金のXaaS、アズアサービスである。
契約解約に関わるロックインがないからこそオープンマーケットプリンシプルによる自治が働き、最も良いものが水と油のような関係で上に浮かび上がってくる。知的財産・需要コントロール・サプライ制御の3点を持つ企業が新しい“国家のような存在”として台頭していく。
S2Cの構造三原則(モデル定義)
一般に言われるD2Cを拡大解釈したこのモデルを仮に名付けるとしたらS2Cである。
S2C(Sovereign to Consumer)は、知財・供給・価格・顧客データを自律的に統治する「ブランド主権モデル」であり以下の三原則で定義される。
① Sovereignty(主権)
知財・供給・価格・顧客データを自ら統治し、外部プラットフォームや国家経済に依存しない自治運営を行う。
- 知財主権:ブランド/設計/特許/エコシステムの自社所有
- 価格主権:直販基点の一物多価・ダイナミックプライシング
- データ主権:ファーストパーティデータ×プライバシー準拠
- チャネル主権:必要に応じた卸・モールの選択と撤退の自由
② Elastic Infrastructure(伸縮インフラ)
クラウド・物流・AI生産を弾力的にスケールし、需要の位相変化に対してコスト最小・サービス最大を同時達成する。
- クラウド×データセンター:需要連動の計算資源配分
- ロジスティクス:在庫最適化・越境配送・返品再循環
- マニュファクチャリング:需要予測連動の可変リードタイム
- セキュリティ&コンプライアンス:ゼロトラストと地域法令順守
③ Monetary Loop(通貨ループ)
自社通貨・ポイント・トークン等で内部GDPを循環させ、流通を最適化する。
- 価値単位:ポイント/サブスク/トークン
- 税・配分ルール:投資→回収→再投資→配当還元
- 為替:財、サービスに加えて事業、スキルの予測可能性が外部経済と異質になりDCF、プレミアム経済圏になる。外部(等価交換、ディスカウント経済圏)との交換・価格メカニズムが形成される
- 計測指標:ROICスプレッド
Sovereignty(主権)=経済・文化・知財の自律的統治権。それは法的独立、創造・供給・分配のローカルルールを自ら定義できる力である。これは支配者の意思を超えて、構成員が暗黙のルールに則って動き始める、パリ、ミラノ、ロンドンシティ、ケンブリッジのように、新たなデジタル主権都市圏(Digital Sovereign Commune)を生み出しつつある。
S2C以外のビジネスはAIとグローバルUSD経済によって加速された圧縮時間に耐え切ることができず、低マージン、低ROICに終わる。
支配や統制ではなく、占有率制御により成立した経済は、新陳代謝によりサステナブルな解を内部的に発見し、あらゆる参加者に均等の機会を与え、50%+εの観測を可能にさせ、現象をありのままに深く捉えるとともに、青天井の進化を許容する。
S2Cとは、新たな主観国家の設計図であり、デジタル国民主権資本主義の象徴である。21世紀後半の世界経済は、D2C≒S2Cの一強になるだろう。