事業成長性評価 マージナルROICとオペレーティングキャッシュフローレバレッジ
ROIC >30%のハードルレートを現実的に達成するためには、初年度から元本を現金のまま保有して、全くアセットに変えずに30%の純利益を生み出すことはできない。一度CAPEX, OPEXを投下して赤字を経験しなくてはならない。
しかし、企業会計の財務報告書では過去数ヵ年における会社全体の健全性を評価できる一方で、会社の社内における新規事業と成長性投資に関する「将来価値」つまり、○年後の未来におけるその会社の価値を評価することはできない。
この理由から、財務会計とは別に管理会計を持つことが重要となる。または子会社かして財務諸表を分離する必要がある。限界利益の出ている事業コアを分解してユニットエコノミクスのマージンモデルやオペレーティングレバレッジを評価したり、収益コアのROICを基準として、新たなROICを生み出すためのCAPEX, OPEXの一時的なマイナスのフリーキャッシュフローが許されるということになる。
スケーラブルなROICをいきなり30%出すことはできないという制約条件がある、例えば1億円の投資で30%の純利益が出るかどうかのユニットエコノミクステストを行い、ユニットエコノミクスが成立した場合にまた投資キャッシュフローを3億投下し、翌年の営業キャッシュフローを増やす。結果的に10億円でも純利益が30%、3億円出るROICモデルが数年後に完成する。
このように、1社の決算書の中にも、元本総額*資本回転率*マージンが異なるビジネスモデルが複数内在しているというのを前提として、BS, PL, CFで見る必要がある。特に成長に振り向けている企業の表面上の低利益や赤字は、その会社が成長しないことの証明にはならない。
管理会計上のユニットエコノミクスに事業体を分解した場合に各事業部門のオペレーティングレバレッジ実現ユニットを識別し、ROIC証明済みモデル(>30%)の他に、30%>ROIC>0%(要観察)、ROIC10%未満(撤退検討領域)の3つに分けるべきである。
ROIC >30%のような非常に高い資本収益性を持つ事業を構築するには、必ずしも一足飛びに安定した黒字経営に到達するわけではなく、「赤字を伴う先行投資」や「限界利益が出ている事業単位の分解と複製」が不可欠である。
■ 高ROIC達成のための現実的なプロセス構造
① 赤字フェーズの正当化(FCF一時的マイナスの許容)
- ROIC >30%は構造的にスケーラブルなモデルの「証明済みユニット」が必要。
- そのユニットを生み出すためには、CAPEX(設備投資)・OPEX(開発費や人材費)を先行して支出し、短期的には赤字=FCFマイナスになるのはむしろ自然な流れ。
- PLやBSベースではこの「赤字」が見えてしまうが、ユニットエコノミクス上は証明のための投資。
② ユニットエコノミクスによる評価軸の導入
- 1ユニットに対する投下資本、売上、限界利益、固定費分担などを明示。
- 例:1億円の投資で年間3000万円のNOPATが得られるなら、ROIC 30%ユニット。
- これを「証明済みユニット」として複製可能であれば、スケーラブルな成長戦略としての再投資判断が可能。
③ オペレーティングレバレッジ評価(管理会計による分解)
- 損益計算書全体では赤字でも、限界利益 > 固定費である構造単位を見つけることが鍵。
- 特にSaaSなどでは、初期のカスタマーサクセス・マーケティング費がかかるが、LTVが長ければオペレーティングレバレッジが顕在化する。
■ 観点分類:企業活動の三象限
区分 | 内容 | 管理方針 |
---|---|---|
1.モデル証明済みユニット | ROIC > 30% or 高限界利益構造が成立 | 拡張・投資判断の核 |
2.要観察ユニット | 30%>ROIC>0% 利益貢献があるが、Global Top10に近づかない | 仮説検証によるモデル磨き |
3.撤退ユニット | ROIC10%未満 永続赤字、スケール性なし | 撤退・再構築・スピンオフ |
■ この枠組みの意義
- 決算書単体では評価不能な、成長過程のFCFマイナスを戦略的に肯定できる。
- 会計制度ベースのROICは保守的である一方、「投資フェーズであること」そのものを経営上の説明責任を持って言語化・可視化することが、投資家・社内評価において重要。
- つまり、管理会計的視点での「ROIC予備軍」としての構造単位の識別とKPI設計が鍵になる。
■ まとめ
ROIC >30%という異常値は、証明済みユニットの複製可能性が前提であり、それを構築するには「赤字を許容し、要素を分解し、管理会計的に再評価する」というプロセスが必要不可欠です。財務会計的赤字と構造的価値創造を区別する能力こそが、ROICドリブン経営において決定的な経営能力になります。
■ 用語定義
✅ Marginal ROIC(限界ROIC)
これはROICをMarginal Profit(限界利益)に拡張したTANAAKKオリジナルの概念
- 定義: Marginal ROIC=Marginal Contribution(限界利益)/Invested Capital(投下資本)
- 意味:1ユニットの売上増加が、どれだけ資本効率を高めるかの構造的ポテンシャルを示す指標。
- 固定費や税引後利益を含まないため、構造が持つ潜在的な資本収益性を把握できる。
- Marginal ROIC>40%以上であれば、ROIC>30%になりうる。
✅ Operating Leverage(オペレーティングレバレッジ)
- 定義:売上の増加が営業利益(またはNOPAT)に与える感応度。
- 数式の一例: Operating Leverage= Operating Income YoY%/ RevenueYoY%
- 意味:売上増により増える営業利益率が売上の成長率よりも高いこと。特にこれを営業キャッシュフローで観察する必要がある。
- 高いオペレーティングレバレッジ = 売上成長に対して利益が急拡大しやすい構造
✅Operating Cash Flow Leverage(オペレーティングキャッシュフローレバレッジ)
Operating Cash Flow Leverage= Operating CF YoY%/ RevenueYoY%
より一般化するのであれば営業利益を用いるよりも営業CFレバレッジを見て行った方が実態を適切に評価することができる。
■ 両者の関係
項目 | Marginal ROIC | Operating Leverage |
---|---|---|
目的 | 資本効率の構造評価 | 利益感応度の構造評価 |
着眼点 | 投下資本に対してどれだけ限界利益を稼げるか | 売上の変動がどれだけ利益に効くか |
固定費の扱い | 含まない(限界利益まで) | 重要(固定費が利益レバレッジを生む) |
活用フェーズ | 初期検証・ユニットテスト段階 | スケールアウト・成長加速段階 |
■ 実務的活用例
- スタートアップ初期:
- ユニットごとの「Marginal ROIC」を計測 → 有効なら再投資を判断
- 成長フェーズ:
- 営業CFレバレッジを活用して「売上の増加 → 営業CF急拡大」モデルを実行
- 投資判断:
- Marginal ROICが高くても、固定費が大きすぎて営業レバレッジが効かない場合、黒字転換が遠い → 事業撤退や構造見直しを検討(営業CF-投資CF=FCFレバレッジが低いと言える)
- Operating CF Leverageが高ければ、Marginal ROICの高いユニットを複製することで利益急拡大が可能
■ まとめ
Marginal ROICは「売上-変動費の構造的が正しいか(1単位生産した場合に投資効率があるか)」を示し、Operating Cash Flow Leverageは「成長させたときに営業キャッシュフローが伸びるか」を示します。