移転価格税制マニュアルについて|BEPS Action 13
✅【移転価格税制の設立意義】
🎯 目的:企業グループ内の国際取引において、「恣意的な利益移転」を防止すること
項目 | 内容 |
---|---|
背景 | 多国籍企業が、法人税率の低い国へ利益を「移転」することで、**意図的に納税額を減らす行為(タックスプランニング)**が横行した |
課題 | 企業は、グループ内で取引価格を自由に設定できるため、税源(課税ベース)が浸食(Erosion)されるリスクが発生 |
回答 | 国際的に「独立企業原則(Arm’s Length Principle)」を導入し、第三者間取引と同等の価格設定を求める制度を整備 |
✅【国税庁の狙い:国内課税ベースの確保と国際整合】
1. 税収の維持(課税ベースの防衛)
- 多国籍企業が利益をシンガポールやタックスヘイブンに移すと、日本国内に本来あるべき利益が消える
- 移転価格課税により、企業が申告した利益を「本来あるべき水準」に修正できる権限を保持
2. 公平な課税(国内企業とのバランス確保)
- 国内専業企業は移転できないため、多国籍企業だけが税負担を軽減できる状況は「不公平」
- 経済の競争中立性を保つ
3. 国際協調とダブルタックス防止
- OECDガイドライン準拠により、**国際的な税務調査の整合性(相互協議制度)**を実現
- 日・米・シンガポールなどの租税条約に基づく**移転価格の相互更正やMAP(相互協議)**を進行
4. 企業の文書化義務を通じた「透明性」向上
- 取引実態を客観的に示すローカルファイル、マスターファイル、CbCRの保存義務
- **課税処分の正当性と企業の説明責任(Accountability)**を両立
🎯 結論:
移転価格税制は「国境を超える企業の経済活動に対して、国家が自国の課税権を主張・防衛するための制度」であり、国税庁にとっては税収維持・透明性確保・国際整合を達成するための戦略的ツールである。
【OECD BEPS Action 13の概要】
OECD(経済協力開発機構 / Organisation for Economic Co-operation and Development)は、先進国を中心とする国際政策協調機関であり、経済・税制・教育・労働・環境など幅広い分野で国際ルールやガイドラインを策定・提供しているソフトロー設計組織です。
OECDの BEPS Action 13 は、多国籍企業グループに対して移転価格文書の三層構造(Three-Tiered Documentation)を義務付けた国際的なガイドラインです。
● BEPSとは?
- **Base Erosion and Profit Shifting(税源浸食と利益移転)**の略
- 多国籍企業が租税回避のために、利益を低税率国へ不自然に移す行為を抑制するための国際協調策
● Action 13の目的
関連者間取引の透明性を高め、税務当局が移転価格リスクを正しく評価できるようにすること
【Action 13で義務付けられる3層文書(Three-Tiered Documentation)】
Action 13では基本的に以下の3つのドキュメントを要求しています。
層 | 文書名 | 内容 | 提出先 |
---|---|---|---|
1 | マスターファイル(Master File) | グループ全体の事業構造、無形資産、移転価格ポリシー等 | 各国税務当局 |
2 | ローカルファイル(Local File) | 各国の子会社が関与する取引の詳細、契約、価格設定手法 | 各国税務当局(通常は企業に保存義務) |
3 | 国別報告書(CbCR: Country-by-Country Report) | 各国法人ごとの売上・税金・従業員数等を集計 | 親会社の本国税務当局(一定規模以上のみ) |
【CbCR(国別報告書)の提出基準】
- 連結売上高:750百万ユーロ(約1,150億円)以上
- 企業がこの閾値を超える場合、親会社が所在する国で提出義務が発生
【Action 13の日本への導入状況】
文書 | 日本における義務化状況 |
---|---|
マスターファイル | 義務(対象法人に限る) |
ローカルファイル | 義務(独立企業原則に基づき保存) |
CbCR | 義務(売上750百万ユーロ超の企業) |
提出言語 | 日本語または英語 |
【目的と効果】
- 多国籍企業による税逃れ対策を国際協調で防止
- 税務当局が**「過少申告」「恣意的な利益移転」**を正しく指摘できる体制づくり
- 各国における移転価格課税の調整(相互協議)を円滑にする土台
【まとめ】
BEPS Action 13は、多国籍企業に対し、「移転価格ポリシーの透明性」と「説明責任」を求める国際ルールの中核です。
日本の国税局(国税庁)も基本的にOECDのガイダンス、特にBEPS Action 13の指針に準拠しています。以下にその根拠と実務的なポイントをまとめます。
【日本国税庁の立場:OECDガイドライン準拠】
観点 | 国税庁の対応 | 備考 |
---|---|---|
移転価格税制の基本方針 | OECD移転価格ガイドライン(TPG)に沿って運用 | 「独立企業原則(ALP)」に準拠 |
BEPS行動13(文書化義務) | OECDの三層文書構造を全面導入 | マスターファイル・ローカルファイル・CbCR |
令和以降の通達 | OECDガイダンスを参考に逐次改訂 | 例:平成29年改正→BEPS13対応明記 |
提出期限・罰則 | 原則OECDの枠組みに準じた構成 | 提出義務違反で最大1年以下の懲役または罰金 |
【国税庁による明文化された準拠】
「OECD移転価格ガイドラインは、我が国の移転価格税制を運用するにあたり、準拠すべき実務的な基準とみなしている」
– 国税庁『移転価格事務運営要領』より
さらに、国税庁はOECDにおけるBEPS会合の常任メンバー国であり、国際課税の制度設計を共同で担っています。
【企業側が注意すべき点】
- 国税局の調査では、形式整備だけでなく「実質的妥当性」も重視される
- OECDガイドラインに沿った算定手法(CUP法、CPLM、TNMMなど)のロジックと証拠が必要
- OECDにない国内独自の運用(例:役務提供の相当対価性、寄附金認定など)もまれにあり
【結論】
日本国税局は、移転価格税制の実務運用において、OECDガイドライン(BEPS Action 13を含む)に基本的に準拠しています。
したがって、**OECDガイドラインに準拠した文書整備(特にマスターファイル/ローカルファイル)**を行えば、国税調査への主要な対応はカバーできます。
移転価格の妥当性算定手法について
1. CUP法(Comparable Uncontrolled Price Method)= 独立価格比準法
● 概要
独立した第三者間で行われた類似取引と価格を比較し、妥当性を判断する方法
● 使われる場面
- 同一商品・サービスの価格情報が市場にある場合(例:輸出入、ライセンス契約)
2. CPLM(Cost Plus Method)= 原価基準法
● 概要
原価に一定のマークアップ(利益率)を加えた金額が妥当かを評価する方法
● 使われる場面
- オフショア開発・製造委託・下請役務提供など、コスト主導型の取引
3. TNMM(Transactional Net Margin Method)= 取引単位営業利益法
● 概要
利益率(営業利益/売上またはコスト)を他社と比較して妥当性を判断する方法
● 使われる場面
- 利益データがあって、CUPやCPLMのように直接比較が難しいとき
- 主に販売子会社、フルサービス型現地法人の評価
【まとめ表】
手法 | 概要 | 適用対象 | メリット | デメリット |
---|---|---|---|---|
CUP法 | 市場価格との直接比較 | ライセンス、販売価格等 | 客観性が高い | 比較対象がないと使えない |
CPLM | 原価+マークアップ | 委託開発、役務提供 | 計算が簡単 | 原価の透明性が必要 |
TNMM | 利益率で比較 | 総合的な販売・サービス子会社 | データ収集しやすい | 他社との機能差に注意 |
以下に、移転価格分析や国際税務でよく使われるデータベースである 「Compustat」 および 「Orbis」 について、それぞれの概要と利用場面を整理します。
🧾 1. Compustat(コンピュスタット)
提供元:Standard & Poor’s(S&P Global)
🔹 概要
Compustat は、主に上場企業の財務データを網羅したデータベースで、S&Pが提供しています。米国を中心に世界中の上場企業の詳細な財務諸表、株価、業績指標が収録されています。
🔍 特徴
- 上場企業に特化(非上場企業は含まれない)
- 米国企業を中心とした長期的な時系列財務データ
- 利用指標:売上高、利益率、ROA、ROE、EBITDAなど
- 移転価格分析(TNMM等)でのベンチマーク企業抽出に使用可能
🧭 主な用途
用途 | 説明 |
---|---|
移転価格ベンチマーク | 米国法人に対する利益率比較 |
財務健全性比較 | 同業種企業のPL/BS分析 |
経営指標比較 | 自社のパフォーマンスを市場平均と比較 |
🧾 2. Orbis(オービス)
提供元:Bureau van Dijk(ビューロー・ヴァン・ダイク社/Moody’s傘下)
🔹 概要
Orbisは、世界中の上場・非上場企業を対象にした企業情報・財務データ・企業間関係データを網羅する世界最大級の企業データベースです。
🔍 特徴
- 約4億社以上のデータ(上場・非上場含む)
- 所有構造(Ultimate Owner)やM&A履歴も検索可能
- 国や業種を指定してベンチマーク企業を抽出できる
- **ローカル企業(例:ベトナムやシンガポールの中小企業)**にも対応
🧭 主な用途
用途 | 説明 |
---|---|
移転価格ベンチマーク | 非上場含む広範な企業の利益率レンジ抽出(特にTNMM用途) |
持株関係調査 | Ultimate Beneficial Owner(UBO)の特定 |
統計・M&A分析 | 業界構造、資本関係、クロスボーダー取引の可視化 |
✅ 比較表
項目 | Compustat | Orbis |
---|---|---|
主な対象 | 上場企業(特に米国) | 上場+非上場(全世界) |
提供元 | S&P Global | Bureau van Dijk(Moody’s) |
利用用途 | 財務比較、株式分析 | ベンチマーク分析、企業関係調査 |
移転価格用途 | 米国企業の比較に強み | 非上場含む国際的な比較に強み |
データ形式 | 時系列(主に年次・四半期) | 静的または短期履歴付き |
📚 実務上の使い分け
- 米国法人との取引 ⇒ Compustat(上場企業の信頼性高い財務比較)
- 東南アジア・欧州の委託先比較 ⇒ Orbis(中小・非上場を含む網羅性)
※日本国内の移転課税のエビデンス対応であれば、同業他社からの見積取得や相場のマーケット調査が実行されていれば上記のデータベース契約や評価をしていなくても形式や説明責任が果たせる限りは容認されます。