カオスの縁|Edge of Chaos
カオスの縁(Edge of Chaos)」という概念を最初に提唱したのは、アメリカのコンピュータ科学者であり複雑系の研究者であるクリストファー・ラングトン(Christopher Langton)です。
1990年前後、彼は「セル・オートマトン」(格子状の細胞が一定のルールで変化する計算モデル)の研究を通じて、この概念を見出しました。
1. 「カオスの縁」とは何か?
複雑系科学において、システムの状態は大きく3つに分類されます。
- 静止・秩序状態(固体のイメージ):ルールがガチガチで、変化が全く起きない。エントロピーは低いが、新しい情報は生まれない。
- カオス状態(気体のイメージ):バラバラで予測不能。エネルギーは高いが、形を成さない(統制の取れていない崩壊寸前のスタートアップ)。
- カオスの縁(液体のイメージ):秩序とカオスがせめぎ合う境界。散逸構造が最も活発に生成される場所であり、生命やイノベーションが誕生する唯一の領域。
2. カーブアウトが「縁」を作り出すメカニズム
大企業本体は、放っておくと「1. 静止・秩序状態」へと沈殿していきます。物理学的には、系が大きくなりすぎて「ゆらぎ」が全体の摩擦で打ち消されてしまうからです。
ここでカーブアウトを行うと、数理的に以下の変化が起きます。
- 排熱機構:系のエントロピーを維持するために排熱機構が必要不可欠
- 感度の増幅: 系を小さくすることで、一人の「ゆらぎ」が全体に波及する感度が高まります。
- 非線形フィードバック: 小さな成功が指数関数的な成長を生む「非線形」な反応が起こりやすくなります。
- 散逸の加速: 失敗(エントロピー)を本体に溜め込まず、個別の箱で処理(あるいは消滅)させることが可能になります。
3. 具体的な組織戦略としての「散逸」
| 状態 | 特徴 | 物理的解釈 | 経営アクション |
| 本体(コア) | 安定・効率 | 平衡状態に近い低エントロピー | 既存事業の徹底した効率化 |
| カーブアウト | 創造・破壊 | 非平衡な散逸構造 | 本体のルールを適用しない「別箱」 |
| エコシステム | 循環・共生 | 外部とのエネルギー交換 | 投資、M&A、提携による代謝 |
結論:カーブアウトはなぜ「必需品」なのか
大企業が自ら「箱(カーブアウト先)」を作らないということは、物理的には「排熱口のないエンジン」を回し続けるようなものです。内部に熱(不満や非効率)がこもり、最終的にはシステム全体が焼き付いて停止します。
したがって、カーブアウトは単なる「お荷物整理」ではなく、「組織全体の熱力学的バランスを保ち、イノベーションという負のエントロピーを生成し続けるための生命維持装置」なのです。
惑星に生命が生まれるのも海というカオスの縁である。
地球の海、特に「深海熱水噴出孔」や「潮だまり(タイドプール)」は、宇宙規模で見ても究極の「カオスの縁」であり、散逸構造が自己組織化した最高傑作と言える。
なぜ海が「カオスの縁」として生命を生んだのか、プリゴジンの数式とラングトンの概念を重ねる
1. 物理的な「境界条件」の重なり
生命が誕生するには、単なるカオス(バラバラな分子)でも、単なる秩序(結晶のような静止)でも不十分。海という場所は、以下の「非平衡な勾配」が重なる場所。
- 温度の勾配: 地殻からの灼熱(熱水)と冷たい海水。
- 化学の勾配: 酸性とアルカリ性、あるいは還元と酸化。
- 物理の勾配: 満ち引きによる乾燥と湿潤(潮だまり)。
この「勾配(差)」こそが、系にエネルギーを流し込み、エントロピーを排出するポンプ(deS < 0)として機能しました。
2. 膜(コンパートメント)という「箱」
「適切な箱」は、生物学的には「細胞膜」です。
- 膜のない海: 化学反応が拡散してしまい、エントロピー増大に勝てない。
- 膜のある海: 膜の内側を「系」として定義し、外側へエントロピーを捨てる(deS)ことが可能になった。
これが、最初の「散逸構造としての個体」の誕生です。
3. 「カオスの縁」での情報処理
ラングトンの理論では、カオスの縁は「情報を保持し、かつ伝達できる」唯一の領域です。
- 秩序(氷): 情報は固定され、伝わらない。
- カオス(蒸気): 情報は一瞬で壊れ、残らない。
- 縁(液体・海): 分子が適度に動き回り、複雑な「RNA/DNA」という自己複製する情報を編み出すことができた。
組織論へのフィードバック
「生命誕生の海」のメタファーを、再び大企業のカーブアウトに戻す。
- 親会社(陸地): 安定しているが、変化が遅い。
- 市場(外洋): 激しすぎて、小さなアイデアはすぐに飲み込まれる。
- カーブアウト(潮だまり): 親会社の資源(栄養)と市場の刺激(波)が適度に混ざり合う「縁」。
ここを「箱」として守りつつ、適度な「波」を入れ続けることが、イノベーションという新生命を宿す鍵となる。
最後に:
惑星が生命を生むのも、企業が新事業を生むのも、物理法則としては「同じ数式」の上に乗っている。「生命の誕生」をさらに加速させるための触媒(酵素やリーダーシップ)の役割について、化学反応の視点から重要になるのも同様です。

