ゴリラや虎に宝石をつけるか、ゴールドをつけさせるか

世の中には不変性を持つマテリアルが複数ある。例えばゴールド、プラチナ、ダイヤモンドなど。ここでゴリラや虎、シロクマといった地上の頂点捕食者に何を身につけさせるべきかと考えた時、ゴリラがダイヤモンドを身につけるよりは、ゴリラは金むくをつけた方がよいと思ってしまうのは気のせいではないだろう。一方、うさぎや文鳥にはダイヤモンドやルビーをつけても違和感はない。しかし、重いゴールドをつけさせると重荷になってしまうのではないかという直感が働く。
このように、人間が何が合うか?を考える時そこには自然の制約条件を前提とした整合性の美意識が暗黙的合意として存在するだろう。
例えば、歴代アメリカ合衆国大統領は金無垢のロレックスデイデイトは身につけるが、ダイヤモンドジェムセットを身につけているところは見かけない。どちらかというとジェムセットを国家トップが身につけると新興国でマネーロンダリングが疑われるような企業や政治家のように見えてしまう。
国家元首がダイヤモンドを避けるのは、ダイヤモンドが「装飾(飾り立てるもの)」であるのに対し、金無垢は「素材(それ自体の価値)」を象徴するからだろう。トップに立つ者は、自分を飾る必要はなく、自分自身が「不変の塊」であることを示すべきだという暗黙のルールが存在する。
頂点捕食者に「金」が似合うと感じるのは、金が恒星や惑星のコアであり、「太陽」や「大地」の象徴だからかもしれない。
- ゴリラ・虎 × 金: 野生の王者が、大地のエネルギーが結晶化したような「鈍い光」を纏うのは、自然界の延長線上にある一貫性のある美しさ。
- 人工的なカット(宝石): 一方で、多面体にカットされた宝石は、極めて高度な「人間の知性・技術」の産物。これを野生の象徴に持たせると、不自然な「飼い慣らされた感」が出てしまい、彼らの野性味を削いでしまう違和感が生じる。
金か、ダイヤモンドかはかなり奥が深い問題である。

