PLOG時代に求められる人材キャリアの大きな変化|ROICスプレッドとオペレーティングレバレッジ
日本の大企業は企業内スタートアップと銘打って、報酬設計は親会社と変わらず、グループ内や主要取引先のどこかから資本や売上をもってきてつければ評価されてしまう擬似的スタートアップに陥りやすい。これはソフトウェア業の見た目やスタートアップのような外部株主を持っていたとしても、グループ内の機能をオフバランスしたキャプティブズである。
外部のネットニュー顧客を広告宣伝費や販売促進費を使うことなく、インバウンドで引き寄せるという経験がなく、 小さい所体からこまめに売上を集めて黒字を出し、同時にどこかで一点突破の奇跡的なボロ儲けをしながら、赤字をほとんど生むことなく規模拡大に成功するという経験が欠ける点でPLOG(Product Led Organic Growth)型の真のスタートアップのモデルケースとは異なり、その実態は出来上がりの財務諸表が同じ黒字でも、著しく低い資本収益率に現れる。
キャプティブズはROICが10%を超えることがなく、PLOGはROICが30%を超えた上で、オペレーティングレバレッジが発生し、スケールするにつれてROICが拡大する。
これは、ソフトウェア業界に長くいるアカウントエグゼクティブやプリセールス陣にとっても由々しき事態である。この30年間、ソフトウェアセールスたちは、マイクロソフト、Apple、オラクル、Adobe、Google、Facebook、セールスフォース、パロアルトネットワークスというスター企業たちの日本進出によって、国内大手上場企業を超えるプレミアム報酬を受け取ってきたのが事実である。
ただし、このプレミアムは個人の実力というよりはマーケットが成長することによって得てきた恩恵である。そして、クラウドとAIが普及した令和の時代では、経営陣に求められる素質はプロダクトポートフォリオのイールドマネジメント1択である。つまり、ゼロからプロダクトをつくり、スケールさせる力である。
営業であっても発想一つでソフトウェアからハードウェアまでのプロトタイピングもできれば、腕時計も衣服も、自動車もロケットも一人で設計製造まで実行できるようになってしまった。
これまでアカウントセールスは営業プロセスのみの管理で稼いできた。法人の大企業の中堅社員から役員たちのネゴシエーションをし、ビッグディールを決めるという伝統的な稼ぎ方は、このAI時代で効力を失い、半額以下に急速に年収を落としていくアカウントエグゼクティブやプロジェクトマネージャーたちが多く存在する。
レガシーCOBOLやSAPのプロジェクトマネジメント、保守運用、アカウントセールスはまだ同様のプレミアムがもらえるだろう。しかしこれは寺や神社を保守するようなもので、経路依存性の維持にすぎず、コストセンターである以上、給与上限が低い。
青天井の業界とは、グローバルプレミアムバイヤーを世界中で探し、オンラインで売買させるプロフィットセンターのプラットフォーマーなのである。
この時代のアプリは大体2つに区分される。
1つは競合企業の動きが気になり、機能てんこ盛り型。計測メトリクス、メルマガ、ポイント、サブスク、ファイナンスリース(割賦払い)、支払いオプションなどてんこ盛りの複雑系サイト
もう1つは殺風景な最小限のデマンド重視型、匿名インフラとして成立しており、ユーザーがいるのかどうかよくわからないが、体験はスムーズで、軽快なアプリケーション
前者はローカル最適で、後者はグローバル最適である。
機能てんこ盛り型は、増大するステークホルダーの意見をくまなく取り入れ、「失敗したくない」恐怖をかき消すかのように投資家・上司・顧客への正当化要因を増やし、“使われている感”を数値で作る行動型。
もう一方は、地球上には80億人の人間がいるが、地球の資源は全員に行き渡るほど潤沢ではなく、世界には常に選別があり、既に需要があるという前提。プロダクトは主役ではなく、信用信頼を“静かさ”で示す。
前者はアピール型、後者はそこに佇むという真のインフラである。自ずと使用される開発費や販管費は2倍以上の差になり、ROICでは10%と100%という差がついてしまう。
PLOG時代に必要な人材要件とは、「黄金の風を感じ、静かに帆を張る賢さ」であり、「黄金の風を探してオールを漕ぐ」時代は終わった。
これまでの製造業やソフトウェア業界で稼いできた出世頭たちは、キャリアの転換点としてROICとオペレーティングレバレッジによって生み出されたPLOGによる純利益の10%が、経営チームの真の給与財源であるというキャリードインタレスト方式の給与に慣れる必要がある。この場合、10億円の純利益を生み出せば10%は1億円であるから、年収1億円の大台を超えることとなる。
この方法以外にインカムで年収1億円を稼ぐことのできる手段はもう現代にはない。上場最大手の出世競争で勝って上位500人に入れば年収1億円にはなるが、純利益10億円のソフトウェア事業を作る方が初期資本も少なく、機会が多いという点で、ソフトウェア事業のROIC&OperatingLeverageをマネジメントできる人材こそがクラウド、AI時代の幹部要件と言える。
つまり、クリエイターであり、稼げる人間が勝つという時代である。クリエイターではないが、営業はできるとか、営業はできないが技術は管理できる、クリエイターだが金が管理できない、エンジニアだがセキュリティがわからないという「コンポーネント」人材は、5年後に半額にまでディスカウントされるだろう。
この数年は報酬の根拠をROIC主義に変化していけるかどうかの分水嶺であり、支出を抑えながら収入を増やすオペレーティングレバレッジを生み出せるか。そうできなければ古い体質の組織が人材流出を防ぐために支払うプレミアムにすがるしかない。
イノベーションによる真の淘汰がついに株式市場レベルから、経営レベル、現場レベルまで降りてきたと言える。

