スタートアップ投資、ゼネコン建設、システム開発、ディザスタリカバリなど複雑系意思決定の難易度は感覚的な「重み」で識別する
どんなに困難なプロジェクトだとしても安全にスケジュール通り完了させる「達人」のような人はゼネコン、システム開発、スタートアップの上場など、様々な分野にいる。一方、そのプロジェクトのリソースやスケジュール、役割分担、タスクリスト、品質検査事項を全て明文化したとしても、完成品を作り上げることができない組織もある。
これは、人間の認知を超えた複雑系をいかにComplexity Reduction(複雑系を要素還元、因数分解する)してシンプルに評価するかという問題である。
開発や見積もりを「時間(工数)」ではなく「重み(感覚的な負荷や複雑さ)」で比較する手法はいくつかある。これができると、自分自身は業界のプロでなくても、情報の少ない素人でも外形で判断することができるようになる。
🧩 1. 相対見積もり(Relative Estimation)
アジャイル開発でよく使われる手法です。「絶対的な時間」ではなく、「他のタスクとの相対的な大きさ(重み)」で見積もる。
- 「このタスクは前回のAより少し複雑だから2倍くらいの重み」
- 「これは簡単だからAの半分くらい」
というように感覚的に比較します。
代表的な単位:
- ストーリーポイント(Story Points)
- Tシャツサイズ(T-shirt sizing:XS, S, M, L, XL)
- フィボナッチスケール(1, 2, 3, 5, 8, 13…)
これらはすべて「重み付けによる感覚的比較」の方法。
⚖️ 2. ストーリーポイント法(Story Point Estimation)
アジャイル開発における最も一般的な「重みづけ見積もり手法」です。
各作業を「どれだけ難しい・大きい・リスクがあるか」で点数化します。
時間と直接対応づけないのが特徴です。
例:
- 簡単な修正 → 2ポイント
- API新規作成 → 8ポイント
- 外部システム連携 → 13ポイント
このように「工数」ではなく「重み(complexity)」で見積もるため、チーム全体の感覚に基づく調整がしやすくなります。
🧠 3. プランニングポーカー(Planning Poker)
チームで相対見積もりを行う際の具体的な手法です。
各メンバーがタスクの重みを数値で出し合い、意見の差を議論して合意を形成します。
「感覚的な重みを定量的にすり合わせる」ためのゲーム的プロセスです。
🔍 まとめ
| 手法名 | 概要 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 相対見積もり (Relative Estimation) | 他タスクとの比較で重みを決める | 全般 |
| ストーリーポイント (Story Points) | 難易度・規模を数値化(時間ではない) | スプリント計画など |
| プランニングポーカー (Planning Poker) | チーム合意形成のための手法 | 見積もり会議 |
「工数のような定量的な数値ではなく、“重み”や“感覚的な比較”でリスク・優先度・意思決定を評価する一連の方法」には、いくつかの体系的な考え方が存在する。
開発に限らず、スタートアップ投資・撤退・戦略判断などの分野でも使われる枠組みがあります。
🧭 1. 多基準意思決定法(Multi-Criteria Decision Making, MCDM)
複数の要素(リスク、コスト、影響度など)を「重み付き」で評価して、総合的に意思決定する手法群。
代表的な手法:
- AHP(Analytic Hierarchy Process, 階層分析法)
- MAUT(Multi-Attribute Utility Theory, 多属性効用理論)
- TOPSIS(Technique for Order Preference by Similarity to Ideal Solution)
これらはすべて「感覚的な比較(どちらがどれだけ重要か)」を重みとして定量化して判断に使う。
💡AHP(階層分析法)
特にAHPはスタートアップ投資やプロダクト選定などでよく使われます。
AHPの特徴:
- 目的(例:投資の可否)を頂点に置き、
- 基準(市場性・チーム力・技術リスクなど)を階層的に並べ、
- 各基準を**ペアワイズ比較(どちらがどれだけ重要か)で評価。
→ その比較結果から重み(Weight)**を算出して総合スコアを出します。
まさに「感覚的な重み評価」を体系化した手法。
⚖️ 2. ヒューリスティック評価(Heuristic Evaluation)
より直感的・経験則に基づく重み付け判断の総称。特にスタートアップや初期段階の投資判断では、
「数値モデルではなく、経験に基づく重みづけ(gut feeling weighting)」が重要になります。
このようなプロセスは形式的に言えば:
- Qualitative Risk Assessment(定性的リスク評価)
- Heuristic Decision-Making(経験則意思決定)
と呼ばれます。
💼 3. リスクマトリクス法(Risk Matrix Method)
リスクの「発生確率 × 影響度」を軸にして重みで分類する方法。
感覚的な評価(High, Medium, Low など)をスコア化して意思決定します。
投資・撤退判断の例:
| 要素 | 発生確率 | 影響度 | 重み付きスコア |
|---|---|---|---|
| 市場縮小 | 高 | 高 | 9 |
| チーム離脱 | 中 | 高 | 6 |
| 技術課題 | 低 | 中 | 3 |
このように「重みで比較」するのも**定性的リスク評価(Qualitative Risk Analysis)**の一種。
🔍 4. まとめ:文脈による名称の使い分け
| 文脈 | 呼び方 | 説明 |
|---|---|---|
| 経営・投資判断 | 多基準意思決定法(MCDM) / AHP法 | 各基準を重みづけして総合評価する体系的手法 |
| リスク管理 | 定性的リスク評価(Qualitative Risk Analysis) | 感覚的・直感的なリスクの重みづけ |
| UX・設計・仮説評価など | ヒューリスティック評価(Heuristic Evaluation) | 経験に基づく重みづけ・優先度判断 |
| 開発見積もり | 相対見積もり(Relative Estimation) | 重みベースの比較的見積もり |
ペアワイズは人間が生来的に持っている感覚である
例えば、人間は重力加速度を知らなくても、三半規管を用いて水平に立つことができる。複雑系だとしてもその質量の大きさは比較できる。
・ミセスグリーンアップルのライブの熱狂感と、駆け出しのミュージシャンの路上ライブのどちらが盛り上がっているか?
・仙台のあおば祭りと、両国国技館の相撲がどちらが盛り上がっているか?
・路上ライブしている人をスカウトするときに、そのバンドが将来紅白歌合戦に出たり、ミリオンセラーを出したり、東京ドームライブができるイメージがあるのか?
・このオートクチュールはアカデミー賞のレッドカーペットやパリコレのランウェイを歩けるか?
このように評価が難しく、プログラム化しようとすると複雑系になるようなものであっても、人間はざっくりとした判断を下すことができる。これは数字による判断ではなく、熱量、情熱、盛り上がり感、没入感、空間の歪み、腑に落ちる感じなど様々な表現がなされる。
🏛️ 起源:直感的比較の思想(古代〜19世紀)
▪️ 古代ギリシア〜ルネサンス期
- 人間が「二つのものを比べてどちらが優れているか」を判断することは、アリストテレス以来の哲学的テーマでもありました。
- たとえばアリストテレスは『ニコマコス倫理学』で「価値判断は比較の中にある」と述べています。
→ ペアワイズ比較の思想的原点。
▪️ 19世紀:心理物理学の誕生
- グスタフ・フェヒナー(Gustav Fechner, 1801–1887) が「主観的感覚量」を測る心理物理学を確立。
- 「どちらの音が大きいか」「どちらの光が明るいか」といった二者比較を繰り返して感覚のスケールを推定する方法を開発。
→ これがペアワイズ比較の科学的な出発点です。
📐 20世紀初頭:統計・心理学的モデル化
▪️ 1927年:L. L. Thurstone の「比較判断の法則(Law of Comparative Judgment)」
- シカゴ大学の心理学者 ルイス・サーストン(Louis Leon Thurstone) が、
“人はどちらがどれだけ好ましいかを判断することで、**潜在的な心理尺度(preference scale)**を構築できる”
という理論を発表。 - 論文タイトルは “A Law of Comparative Judgment” (1927)。
このサーストンの理論は、後の「ペアワイズ比較法」「コンジョイント分析」「AHP」など、あらゆる比較判断モデルの基礎になりました。
🧮 1970年代:AHP(Analytic Hierarchy Process)による実用化
▪️ 1970年代:トマス・サーティ(Thomas L. Saaty)
- アメリカの数学者サーティが、サーストンの心理的比較理論をベースにして、
AHP(階層分析法, Analytic Hierarchy Process) を開発(1970年代初頭)。 - 代表論文:
Saaty, T.L. (1977). A scaling method for priorities in hierarchical structures.
Journal of Mathematical Psychology, 15(3), 234–281. - 書籍:The Analytic Hierarchy Process(1980年)
AHPでは、「ペアワイズ比較」を数値行列として扱い、固有値計算で重みを算出するという数学的な形式を確立。これにより、心理学的手法が経営判断・政策決定・リスク評価などの実務に広く応用されるようになります。
🌍 1980年代以降:応用の拡大
- 政策決定、企業戦略、スタートアップ投資、製品開発、軍事計画など、多分野でAHPが普及。
- AHPの考え方を拡張した「ANP(Analytic Network Process)」や、「ファジーAHP」などの派生手法も登場。
- 現在では、AIによる意思決定支援システムやレコメンドアルゴリズムにも、ペアワイズ比較の原理が応用されています(例:Eloレーティング、ランキング学習など)。
📚 年表でざっくりまとめると
| 年代 | 出来事 | 主な人物・理論 |
|---|---|---|
| 古代〜18世紀 | 哲学・倫理における価値比較の概念 | アリストテレスほか |
| 1850年代 | 感覚の差を測る心理物理学 | グスタフ・フェヒナー |
| 1927年 | 比較判断の法則(Law of Comparative Judgment) | L. L. Thurstone |
| 1970年代 | ペアワイズ比較を数理化しAHPを発表 | Thomas L. Saaty |
| 1980年代〜 | AHP・ANPが多分野で実用化 | 多数の研究者・実務者 |
🪶 補足:現代におけるペアワイズ比較の進化
最近では、ペアワイズ比較の思想はAIやUXにも応用されています。
- 機械学習分野:
「Learning to Rank」アルゴリズム(例:Googleの検索順位学習)は、
ペアワイズ比較をベースにしています(例:「AはBより関連性が高い」)。 - UXリサーチ/デザイン思考:
ペアワイズ比較カード法(Pairwise Card Sorting)などで、
直感的な優先順位づけを行うワークショップが定番になっています。
🧠 結論
ペアワイズ比較の起源は19世紀の心理物理学(フェヒナー)にあり、理論化はサーストン(1927年)、実用化はサーティ(1970年代のAHP)によるもの。「両手で持って比べる」という人間的な感覚を、数学的に扱える意思決定理論へと進化させたのが歴史の本質です。
「重み比較」はヒューリスティックの共通言語
あなたが挙げた領域:
- スタートアップ投資(将来価値 vs リスク)
- ゼネコン建設(工程・原価・安全性)
- システム開発(仕様・人材・納期)
- ディザスタリカバリ(冗長性・コスト・スピード)
いずれも本質的に「多目的最適化問題」であり、定式化すれば**NP困難(またはNP完全)**な性質を持ちます。
共通点は:
✅ 全体最適を数理的に求めるのは計算資源のリソース制約がある中では解答不可能になってしまう。
✅ 各選択肢を「どちらがより良いか(重いか)」で評価する方が実用的。
✅ これを体系化したのが ペアワイズ比較・AHP・MCDM系統。
この「重み的判断」は、ヒューリスティック探索・ベイズ意思決定・AI強化学習にも共通する思想です。
(例:探索木のノード評価関数、報酬関数など)
🧠 4. 理論的な見方:認知科学的ヒューリスティック
認知心理学の視点から言うと、人間はNP困難な現実問題を「局所比較の連鎖」で解いています。
- 「全体最適」は無理でも、「AとBならBが良い」という判断はできる
- それを階層的・逐次的に積み上げる
→ 結果的に“実用的に十分良い解”を得る
このモデルは、**Herbert Simon(ノーベル賞)**の「限定合理性(bounded rationality)」に通じます。
つまり:
「完全最適化ではなく、重みづけ比較による“満足解(satisficing solution)”を選ぶ」という人間的最適化戦略です。

