ブランドとは地に足のついた生命尊重の姿勢がなす富の集積装置である

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ブランドとは地に足のついた生命尊重の姿勢がなす富の集積装置である

日本のアパレル業界では、値下げしてでも在庫を持たないことが良しとされるが、最もうまくいっているグローバルラグジュアリーブランドは値下げなしで在庫を長く持ち、マーケットのアップダウンにとらわれず売り時は自分たちで決め、金融でオフバランスしている。ブランドとはたくさん売れるということ以上に、「値が下がらないこと」が重視される。スタートアップの株式よりも、米国債の方が人気なのは価値の集積能力、富の維持装置の性能が高いからである。アップルの株が人気なのは強力なフリーキャッシュフローを引き当てに、「いつ買っても値が下がらない」からである。これは上がるよりも、下がらない安心である。

丸の内の不動産も似たようなところがある。コロナ禍の中で、渋谷、新宿、六本木、虎ノ門などのSグレード、Aグレードビルの賃料が最大で30%くらい低下したが、丸ビルだけは価格が一切下がらなかった。空きがなかったわけではないが、需要の悪化の影響を会社が引き受けたのである。

特にアパレル業界は多くの事業者がたとえば効率的なロット、1万枚ずつしか商品を作らないため、かならず売り切れる量しかつくらず、ヒットした時の機会損失はおおきい。どのショップでもヒット商品は欠品している。

欠品を恐れて決まった数量しか作らない生産者に対して、消費者は、ある時に3,4枚買いたいということで複数買いする。

よいものはまとめ買いされるため、売れるものほど欠品し、売れないものばかりが残る。売れないと不安になって値下げするのだ。

ヒットする予兆があったら10倍作るという対応でないといけない。しかしこのような先見の明は外れる時が来る。

あるいは単価を上げて少ない数量で利益を確保し、あえて供給量を減らすのはラグジュアリーブランドがよくやることである。しかしこれではアップサイドが取れない。売れるものを売り逃すという根本的なオポチュニティコストのリスク保全ができていない。

値を下げない方法として、部品点数を多く持ち、翌日配送に対応して支払いサイトを遅らせるというやり方もあるが、これは顧客との交渉力では顧客有利になるため万能ではない。ファブレスにして価格を高くすると結局売れ行きに影響が出るしリスクをサプライチェーンに転嫁しただけである。

そもそも、売れる、売れないの定義、判断は至極難しい。同じ条件で陳列することはできないからだ。陳列は常に1番目立つところか、2番目以降かに分かれる。同条件の対照実験を厳密に行うことはできない。経営は少ない資源をトレードオフで活用する選択の問題なのだ。

売れないと言っているのが目立ったところに出品していない、顧客の目に触れていないだけだったりもするのではないか。

売れる量だけ作ると言っているのは、ある売り場面積の取り合いをしているだけなのであり、世の中の人が求めているものを作り、手の届くところに配置していくのであれば作った数量を確実に売り切れるのではないかという逆説がなりたつ。マーケット主導ではいつまでたっても生産はハイリスクな活動になるが、ハイリスク活動を数理的に安全にこなし、マージンオブセーフティを維持しているブランドがあるのは確かだ。

つまり、作ったものは値下げせずに定価で売り切る努力をする癖をつけていく。この構造そのものが売れるものだけを生産する、作ったものを必ず値下げせずに売るというコミットメントカルチャーを作るのではないか。正確には、売れようが売れまいが、生まれてきた命を尊重するという姿勢につながる。作ったということはそれだけの原材料と時間、つまり生命コストをかけたのであり、値下げは過去の生産者の労働力をも否定、減損する悪手なのだ。

売れる、売れないの判断は難しい。たとえ過去の利益はPOSデータでわかっても、未来に向けた限界利益はやってみるまでわからない。売れるか売れないかではなく、「続けるか続けないか」という2択の方が重要になるのではないか。

売れるか売れないかという判断は結局どれだけデータをとっても分からないし判断できない。大手アパレルはそのやり方で失敗している。いくらパリコレにでたところで、生産リードタイムを2週間にしたところで、結局あたらないものはあたらない。情報を早く得たからと言って勝てるとは限らない。裁定取引を高速で実現する株式市場のHFTマーケットメイカーとは違うのである。

世の中に必要だと「自分が」信じられるものを作る。「偶然」生まれてきたプロダクトを根気よく永年保有として必然的に育てていくという気持ちの方が、「ヒット商品をつくる」モチベーションよりよほど重要であるということだ。ひとつひとつの誕生と成長ストーリーを祝福していくことこそ生命賛美、文明讃歌のブランドたりえる信じられる根拠である。信じられる根拠を積み上げていくことのほうが、売れる、売れないより上位にあるアクションだということだ。

このような思想に人が集まってくるという点で、やはりブランドは重力といえる。そして売れていくものには明らかな力があり、明らかな違いがある。その力学を察していけるかどうかの勝負である。

生まれてくる子を選べない、生まれた子を可愛がることはできる。生まれてくる親を選べない、生まれたあとにどんな親でも大切にすることはできる。

つまり、所与のものでコントロール権がないところで幻想をみて、パチンコ必勝ガイドのようなオカルトを信じるのではなく、自分がコントロールできるところで美しさを作り上げていくというのが経営の基本であり、ブランド、プライシングパワーの基本であるということだ。マーケットが伸びて仕事が増えるから人を採用するのではなく、人を採用するのが先で、その人がなにをしたいかを考え、仕事を作っていくことのほうがよほど重要だということだ。人がいて、市場を主体的に作っていくのである。常に所与の条件から始めることを忘れてはならない。そうしないと存在しない幻想を追い続けることになる。
ブランドは株式市場における投資家行動とそっくりである。バリュー投資によるイベントドリブンのアービトラージであれば必ず勝てるタイミングがあるが、ほとんどの人はチャートのテクニカルに必勝法があると思い込んでいるのと似ている。

PER、PSR何倍など、コントロールできないところを考えても人気投票は究極的には予測できない。真の数値は希薄化を防ぎつつ実現するイールド創出能力であり、その結果としてのBPS,EPS,FCFなのである。

つまり、ブランドとは「売れるもの」ではない、売れる時に人が集まり、売れなくなったら人がいなくなるようでは常に1かゼロである。ブランドとはそうではなく、「売れない時でも値が下がらない」構造をもつことで、市場参加者をネットポジティブで増やしていく富の集積装置のことなのである。売れる時でも、売れない時でも、景気や災害に関係なく、値引きせず、損をしないレジリエントな構造、習慣、姿勢のことを人はブランドと呼んでいる。

ブランドオーナーは価値の最後の砦である。価値の最後の砦であるブランドオーナーが率先して値引きするようでは、ブランドは容易に毀損する。

値下げすると売り場も顧客もみんな短期的には納得しているようにみえるが局所的な満足であり長期的には誤りである。
アパレル業界を根底から変えていくために間違った思い込みを粘り強く変えるためにまず自分たちのスタンスを明確にする必要がある。外部環境の影響されないロングのポジショニングを確立するのだ。そこには数十年間から数百年間信じることのできる根拠が必要である。

相場が悪くても株は売らないというコミットメントが外部参加者を増やす。売上が減ったら社員をレイオフする局所解より、雇用を維持して新しい道を開拓するほうが長期的には最適である。
売れ行きが悪ければ価格を下げるなら、売上が下がったなら給与を下げないといけないことになるが日本法では給与が下げられないので利益率が減り株主が割を食っているというのが現状である。
従業員としてもベースアップしたいのに率先して安売りするのは願望と実態が矛盾したアクションである。

ただしどんな時でも値下げしないというのはいうは易しだが、さまざまなストレスイベントを乗り越える必要があるという意味で、値引きするよりも値引きしないことのほうが当然困難な道であるが、実りある道であることは間違いない。

生命尊重、文明讃歌の思想には神風が吹くのである。