取締役会の議題|ROICスプレッド、プライシングパワー、規模の経済、Conflict of interest

あらゆるビジネスは仕入れてから売るまでのスプレッド(ROICスプレッド)でできている。そしてあらゆる事業は「規模の経済」Law of scaleでできている。
利害関係の調整はビジネスのコア
大量の仕入れから大量の販売までを機械的に実行し、マージンを保全するために、単純な作業ですら、大量になるとうまく進まないという事実をまず知ることが必要である。スケーラビリティには常に局所では解決できない広域課題がある。あらゆる領域でConflict of interestの調整が必要となる
投資における取締役会の戦略的役割
事業の史上目的
ROICスプレッド(売りと買いの差益)の最適化
ROICスプレッド=元本×利益率×回転率
ROICスプレッド向上の3要素
- プライシングパワー設計
- あらゆる事業は製造、小売、建設に関わらず、「買い」と「売り」の差益で実現する。
- 「買い」と「売り」に関係ない要素に時間を使わない
- 「買い」と「売り」のボリュームを増やすこと、そしてスプレッドを高めるプライシングパワーは場当たり的には実現しない。場当たり的な反応はプライシングパワーを下げていく。常にプライシングパワーは直観的な反応に反する設計的作業である。
- 規模の経済(Law of scale)実現の財務設計
- Law of scale、つまり売りと買いを10倍にしながらPLOGを継続し、FCFイールドとオペレーティングレバレッジを高めるにはエネルギーを外部から補給しながら規模を拡大する財務計画が最重要となる。
- 調達、加工、販売のいずれに関しても基本的には損益分岐点までは先行投資が必要である。「規模の経済」を明確にゴールとし、実現するまでは黒字成長は不可能である。
- 黒字化する目標と、黒字で成長すること(オペレーティングレバレッジは)異なる目標である。
- 事前に損益分岐点、規模の経済を計画する必要がある
- 規模の経済事業に取り組む経営責任者の給与は赤字決算であっても高いことがある。これはDCF(ディスカウンテッドキャッシュフロー法)に基づく給与設定であるからである。
- 局所利益を取ったとしても全体利益が指数関数的に伸びることはない。重要なのは、地球規模の広域最適と局所最適の結合点を設計することである。
- Conflict of interest⇄モデル自体のシナジー
- やらない理由とやる理由を明確にする
- 構造的に利益相反するものはスケーラブルにならない。例えば、製造業の大企業に人材紹介プラットフォームの新規事業を運営させようとしても製造業のカルチャーなので実現しない。IoT SaaSは製造業のカルチャーで実現可能。
- シナジーを探す企業は多いが、実はConflict of Interest(制約条件)はシナジーと表裏一体である。
- シナジーの条件とは経営資源の制約条件の明文化によって可能となる。隣接するバリューチェーンであって、シナジーがあってもCOIに不可避な問題がある場合は進出すべきでない。
ビジネスを「仕入れから販売までのステークホルダー全員の利害調整とスプレッド(差益)創出」として理解すると、規模の経済を働かせる際に必ず 利害の衝突(Conflict of interest) が潜み、それを調整・設計することが経営の本質になる。
1. スプレッドモデルとしてのビジネス
- 原則
あらゆるビジネスは「仕入れ → 高く売る」という構造で成立。差益(スプレッド)が粗利となり、それを人件費・設備投資・リスクプレミアムに配分。 - スプレッドの普遍性
- 商社:商品の仕入れと販売の差益
- SaaS:開発・運用コストとサブスクリプション収益の差益
- 金融:調達金利と貸出金利・手数料の差益
- 小売:仕入れ値と販売価格の差益
すべて「仕入れと売りのギャップをどう安定して確保するか」という設計に帰着。
2. Conflict of Interest が生じるポイント
仕入れ→販売の一連のプロセスの中には、必ず利害の衝突が発生。
- 仕入れ段階
- サプライヤーとの交渉:取引条件や支払サイト
- 内部担当者のキックバックや癒着のリスク
- 社内プロセス
- 経営陣 vs 現場(短期利益 vs 長期安定)
- 部門間での配分(営業が求める安値 vs 財務が求める利益確保)
- 販売段階
- 顧客にとっての適正価格 vs 企業の利益確保
- 長期顧客関係 vs 短期マージン追求
- 市場全体
- 小売 vs 卸(誰がスプレッドを取るのか)
- プラットフォーム vs 出品者(Amazon, App Store型の利益相反)
つまり、調達から販売までのあらゆるサプライチェーン、バリューチェーンに関わるステイクホルダー間で利害の調整をして、自社のスプレッドを最大化するというのが経営の基本になる。つまり、経営はエコシステムを省いて語ることは不可能なのであるが、ほとんどの会社の経営陣はエコシステムそのものについてほとんど考えておらず、手元の小さな案件について議論していることが多い。
3. 機械的実行と利益相反の調整
- 大量仕入れ・大量販売は「規模の経済」を通じてスプレッドを安定化させる、規模が大きくなるほど利害関係者も増え、利益相反が複雑化。
- そこで必要なのが 仕組みとしてのConflict of interest調整:
- 契約設計(透明性・公平性)
- インセンティブ設計(売りすぎても不正にならない仕組み)
- ガバナンス(監査・分権・独立性の確保)
Conflict of Interest|利益相反の例
Conflict of interestはとても理解しづらい概念である。これは、ミニ四駆を改造して走らせるような感覚である。改造がうまくいくと(構造がうまく変更できると)、1周回るラップのタイムが速くなる。肉抜きしたり、ホイールをデファレンシャルにしたり、ボールベアリングをいれたりして、ある程度改造に慣れてくると、マシンに応じてどのように構造を変更すればラップタイムが速くなるかわかるようになってくる。Conflict of Interestも慣れてくると実際に実行しなくてもどうなるかがミニ四駆を走らせるようにわかってくるのである。
スプレッドはConflict of Interestマネジメントの賜物
「スプレッドを確保する機械」は、利益相反の調整アルゴリズムが組み込まれて初めて持続可能になる。
利益相反事例|検索プラットフォーム
例えば利益相反の例であるが、Googleが自社のAIプロダクトを開発した時に、その検索結果が他のAIプロダクトよりも上に上がるようにしてしまうのであれば、検索プラットフォームの公平性を失う。
利益相反事例|小売マーケットプレイス
また、例えば、Amazonが売れ筋商品のプライベートレーベルを格安商品で売ってしまうのは、出品者のリスクによって集まったデータをAmazonプライベートブランドの売上や利益を増やすために使用してしまっているため、これも利益相反取引の類型である。例えば、App Storeを運営しているAppleが最も売れているアプリの会社を買収してしまうのも利益相反である。最近ではXboxの運営者であるマイクロソフトがゲーム会社のActivision blizzardを買収したが、これも厳密には利益相反取引であろう。任天堂がゲーム機のプラットフォームでありながらゲームソフト自体も生み出しているのも利益相反取引と言える。プラットフォームとゲームソフトの供給を同時に行うことにより、プラットフォーム利用者に自社のゲームを優先的に提供することができる。
利益相反事例|資源制限市場の過当競争
例えば、漁業権を与えられた漁師同士が大きな組織を作り、大きな商社がこぞって漁獲制限ギリギリまで魚介類を取り続け、さらに日本と中国が魚の取り合いをするのはまさに利益相反構造である。局所的には競争による最適化のように見えるかもしれないが、地球レベルでは将来世代の食糧を先細りさせている。
利益相反事例|局所構造における不適切価格設定
IT会社がメーカーや発注者の利益が増えていないのにも関わらず、その売上、利益規模を増やしているというのも利益相反取引の最たる例である。ソフトウェアベンダーは高単価の給与がもらえる人気職種だが他社の利益を食っているだけでValue Addしていないソフトウェアベンダーは多い。付加価値を出していないのに売上が伸びてしまうというのは需給構造で供給量が足りていないからである。しかし、価格が高いからといって、適正価格であるとは限らない。全ては発注者のROICスプレッドが増えるかどうかに尽きる。ROICスプレッドが増えない支出は須く効果のない支出である。
利益相反事例|代表取締役の副業
例えば、上場企業の代表取締役が複数の会社の社外取締役を兼任するというのも厳密には利益相反取引である。通常、人間はうまく物事が運んでいるときに二つのことを同時に進める性質はない。サッカーでバロンドールを取った人が、バスケ選手としても活躍するということはないだろう。経営者だとしても、時間というリソースは限られているので、数千人の投資家から金を預かっている代表取締役はフルタイムで時間を費やすべきであり、他の副業に時間を費やすことで、パフォーマンスがあがることはない。
利益相反事例|ベンチャーキャピタルGPの副業
ベンチャーキャピタルのGPも、専任義務がある。これは法律的なものというよりも慣習的なものである。LPから資金を預かっている責任者は投資先ポートフォリオのハンズオン取締役についてはいけない。投資することと、監視することはバリューチェーン上では切り離して考えるものである。社外取締役や監査役もGPをやっていない人だとしても3-5社くらいで限界であろう。人間は大きなリソースを持っていないため、本当に大きなことをやろうとするのであれば、フルタイムデディケーションが必要不可欠となる。これは時間の問題というよりも脳のリソースアロケーションの問題である。器用にできていると思い込んでいる人ほど、何もできていない可能性が高い。
利益相反事例|給与を増やしたい従業員
例えば、人事評価を高めるために広告費を使いこんで売上を増やし、役職や給与を向上させようとするのも利益相反である。ROICスプレッドに貢献していない社員の給与を上げるということは企業の体力を落とす間違った判断である。同様に、プロジェクトに慣れてきたので給与を上げてほしいというエンジニアや、ポートフォリオの業績向上に貢献していないアナリストも、どんなに他社に転職すると給与が増えると主張したとしても増やすべきではない。消費者への販売価格を高めることに成功している従業員、つまりプライシングパワーを持つ従業員の給与は高くして良い。また、規模の経済のゴールに向かって組織を生み出している社員はDCFを前提として高い給与を設定して良い(この場合では赤字でも高い給与が実現される)。しかし、プライシングパワーや規模の経済の構築に貢献していない従業員の企業のROICスプレッドと利益相反するような社内取引(従業員への給与支払い)は許されない構造にすべきである。
4. 構造的理解
- ビジネス = スプレッド獲得の機械化
- 利益相反 = スプレッドを維持するために避けられない摩擦熱
- 設計の妙 = この摩擦熱を制御して、自己崩壊を防ぎつつ拡大すること
1. がん細胞と利益相反取引の共通点
局所最適に突き進む利益相反構造は生理学的にメタファーすればがん細胞のようなものである。
- 局所最適化による暴走
がん細胞は本来の組織ルール(アポトーシスや分裂制御)を無視して増殖。利益相反取引も、組織や市場のルールを無視して「自分や一部に有利な行為」を優先。 - 全体システムを蝕む
がんは周囲の細胞資源を奪い、最終的に宿主を殺す。利益相反取引も短期的には儲けを生むが、信頼や市場の健全性を破壊し、最終的に組織自体の存続を危うくする。 - 自己保存より自己破壊
がんは「細胞自身は生き延びよう」とするが、それが宿主の死につながり、結局は自らの死も招く。利益相反も同様に「局所的な利益追求」が全体を崩壊させ、当人も長期的には利益を失う。
2. 違い(比喩の限界)
- 意図性の有無
がん細胞は無意識に遺伝子の変異で暴走する。一方、利益相反は多くの場合「意思決定」や「選択」によるもの。 - 免疫システムの存在
体には免疫系があるように、組織・市場にはコンプライアンスや監査といった「免疫」があり、それが働くかどうかで結果が変わる。
3. 構造的理解
- 利益相反取引 = 局所的利己的行動
- がん細胞 = 局所的利己的増殖
- どちらも「部分の暴走が全体の死に直結する」点で構造的に同じ。
組織における「免疫系(コンプライアンス・ガバナンス)」が弱いと、がんが転移するように組織全体に広がり、最終的にエコシステムの死に至り、新たなエコシステムに取って代わられる。
このエコシステムに取って代わられるまでの時間が人間の体感だととても長い。(50年単位)なので、市場参加者は自分が参加しているゲームが利益相反取引の上にいるのか、それとも利益相反取引のリスクをヘッジされたモデルなのか、わからないのだ。しかし、これはROICスプレッドやオペレーティングレバレッジを2,3年分観察すれば簡単にわかるのである。