Premium vs Discount|ロープライスオペレーションの弊害とプレミアム教育の長期的優位性

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Premium vs Discount|ロープライスオペレーションの弊害とプレミアム教育の長期的優位性

日本の経営の現場はディスカウントは得意だがプレミアムは苦手なようだ。ディスカウントは企業価値の観点ではよいことではないというのは明らかである。ウォルマートの「Everyday Low Price(EDLP=毎日安い価格)」戦略は単なるディスカウントではなく、戦略的かつ構造的に設計された“価格支配型プラットフォーム戦略”である。表面上はディスカウント戦略に見えても、その実態はむしろ周辺競合を無力化するための資本主導型のプライシングパワー獲得戦略と言える。その証拠に、ウォールマートの粗利益率は25%とあまり高く見えないがROAは7%、ROEは20%と資本収益率は高い。一方で日本の最大手のイオンのROAは1%以下、ROEは3%以下である。もはや金利が上がるとスプレッドを支払うことができないくらいの薄利である。
もし仮に価格が安い事業者がたくさん客を取っているように見えても集まる社員は廉価販売の時間給の人だけになり、時間の経過にともなって考える力が減損する。一方でマーケットの平均よりも高い価格を設定している会社は客が取りにくいが、プライシングパワーを常時的に培う工夫をする癖がつく。プレミアムに対する教育をしている会社のほうがディスカウントに対する教育をしている会社よりも長期的には内部留保を貯めることができる。

ROIC=元本×回転率×利益率である。

仮に価格と粗利益率がほぼ同じに見えても、回転率が違えばROICは大きく変化する。回転率は在庫回転と、資本回転のふた通りある。

日本の経営者や現場はディスカウントに過剰な反応を示す。事業を進めるとき、自社の提供価格が他社より安いかどうかに敏感になり、安くしようとする。しかしトップラインの価格だけ見て、マージンが他社と比べて高いかどうかには全く気を使わない。

また一方で自社より高い価格で他社が売れているということにも鈍感である。相手が安く売っていたらそれより安く売ることはいつも考えているが、相手が高く売っていたら、それより高く売ることはあまり考えないのである。
市場で最も高額なコモディティプレイヤーになる必要はないが、世界の富が拡大して、貨幣がインフレーションしていく流れに追随してプライシングを上昇させ、ローコストオペレーションと規模の経済によりマージンとオペレーティングレバレッジ拡大するような会社がS&Pでもトップの地位を確立してきた。アメリカがとっているのはロープライス&オペレーティングレバレッジである。日本がこぞって採用するロープライス&ディスカウント戦略は、アメリカの戦略と異なる。低い価格ではたくさんの人が購入しているように見えるが、マージンが取れていなければその需要は有効需要ではない幻想(無効需要)で、ただ単にSNSの注目を集めているのと同等で、ソーシャルメディアの広告費を支払って「いいね!」を集めているにすぎない。ディスカウント戦略とプレミアム戦略は真逆の思想をもつ経営思想である。ディスカウント戦略が癖づいてしまった社員はどんなにプレミアム戦略を指導しようとしてもモーメンタムは安売り思考に向いてしまい、上向きになることはない。
ロープライス&ディスカウントで提供しながらベースアップをするなどということは実現不可能にも関わらず、ロープライス提供している事業者は顧客が増えていくのでこんなに顧客が増えているならいつか自分の給与が増えるのではないかという錯覚を持つ。しかしながら一向に給与が増えず、業務量だけが増えていくと消耗して社員は退職してしまう。
退職する社員がいたとしてもまたローコストの社員をディスカウント雇用することでロープライスオペレーションは継続する。こうしてかつてのダイエーは倒産してあったのである。

しかし一方で、プレミアム戦略の雇用は全く違う。業界トップシェアを前提として、市場の占有とROICの相対的優位性を構造的に構築するのがプレミアム戦略である。プレミアム戦略では規模が小さいうちから当初から労働市場の相場よりも10-100%ほど高い人材を雇用する。なぜ労働市場の2倍の給与が成立するかというと、プレミアム戦略の会社はその社員の現在の労働市場における価値に加えて、その社員が向こう数年で生み出す将来キャッシュフローの現在価値を割り戻して評価しているからである。

ディスカウント戦略の経営は顧客に対して市場平均の10%引きで商品を提供し、社員も10%引きで雇おうとする。一方プレミアム戦略の経営は10%以上のプライシングパワーによるマージンを確保する一方で社員に対してもプレミアムを支払う。この二つの戦略は水と油のようなものなので、ディスカウント戦略の会社が自社商品の価格を上げていこうとしてもせいぜい原材料価格の転嫁くらいしか実現できず、プレミアムを支払うに値するコストを発見することはできない。プレミアムとは何かというと広域最適解である。

ディスカウント戦略というのは、ある特定のエリアにおいて特定の短期間、注目されるというだけの戦略である。

たとえば地元スーパーを建設するのとラグジュアリーホテルを建設するなどの違いは、ローカル顧客を集めるか、グローバル顧客を集めるかの違いである。局所か、広域かによって選択が全く異なる。ラグジュアリーホテルでは従業員は近隣のビジネスホテルの10-30%高い価格で雇用されるとともに経営者やオーナーも近隣のビジネスホテルの10倍高いプライシングのもと、利益においては100倍得ることもある。さらに当面の利益のみならず、将来利益も考慮されることで株価はさらにその10倍〜100倍という値段がつく。

つまりプレミアム戦略は価格が10倍違うだけでも企業価値が1000倍変わってくる可能性のある戦略なのである。

これは価格が高々+30%だとしてもかなりの差になる。同じ売上高でROIC5%と20%の会社が並んだとき、ROIC5%の会社の企業価値はせいぜい純資産と同額、純資産割れすることもあり、純資産の0.5倍から1倍、純利益の10-20倍である。一方ROIC20%の会社は純利益の20倍から30倍で取引される。そうすると純資産の2倍から4倍という値段がつく。

先述のウォールマートとイオンは純資産に対して9.4倍と0.4倍という株式価値の違いを持つ。これは23.5倍の差であり、同じスーパーマーケットで働いていたとしても、ウォールマートで働く方がイオンで働くよりも23.5倍効率的だということになる。23.5倍の差というのは頑張ったところで追いつけるものではない。頑張って追いつけるのはせいぜい+10%だろう。

同じ売上高を作るまでに必要な時間や労力はほぼ同じで、同じ時間を過ごしただけにも関わらず、プライシングが近隣の最低価格の+30%でも顧客がつく仕組みを確立した会社は約4倍の企業価値で取引されるのである。

目の前のディスカウントを取るか、長期広域のプレミアムを取るかはひとえに経営リーダーの意思決定のみが決定できる戦略である。

プレミアム戦略とは、より広域でサスティナブルな数理評価の結果生まれる上位の均衡点である。AIは局所解を生み出すのが得意であるが、最初から大域解(Global Minimum)を目指し、その過程として局所解(Local Minimum)を積み上げた上でより広域な解(Less Local Minimum)を出すのは苦手である。(そのような使い方をすると条件分岐やパラメータが膨大になり電力消費が指数関数的に高まる)

つまり、広域数理評価と意思決定によるプレミアム戦略こそ、人間が実行すべき(人間の方がコストが低い)業務であると言える。人間にしかできない仕事とはなにかといえば、AIよりも人間で実行した方が最小作用原理が働く領域の業務であるということである。