Debt to National Net Assets|国民主権国富論|国家経済の新仮説

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Debt to National Net Assets|国民主権国富論|国家経済の新仮説

日本でも米国でも、家計の純資産と国全体の正味資産は過去最高を更新している。一方で、政府の金融負債も増え続けている。では、政府債務の持続性や円・ドルの価値は、政府の貸借対照表だけで判断できるのか。本稿は、政府債務を国民全体のストックと並べて読む枠組みを「国民主権国富論」と呼び、その仮説を公的統計と先行研究に照らして整理する。

✅ 三つの残高を区別する

議論の前提として、「国民純資産」と呼ばれがちな数字には少なくとも三種類あり、互いに足し引きできない。

  1. 国富(一国経済の正味資産):非金融資産+対外純資産。国内部門どうしの貸し借りは相殺される。したがって、家計や銀行が持つ国債は国富を増やさず、政府の国債残高も国富を減らさない。
  2. 部門別の正味資産:家計、企業、一般政府などの資産から負債を引いたもの。家計の保有株式は企業の正味資産への請求権なので、家計と企業の純資産を単純合計すると二重計上になる。
  3. 家計の金融資産:預金、株式、投資信託、保険・年金など。負債を引く前の総額で、国債も含む。

◉ 日本

項目 残高 時点・出典
国富(一国経済の正味資産) 4,549.5兆円 2024年末、内閣府
うち対外純資産 538.5兆円 同上
家計の正味資産 3,160.0兆円 同上
非金融法人企業の正味資産 741.5兆円 同上
一般政府の正味資産(土地・社会資本を含む) 427.1兆円 同上
家計の金融資産 2,519兆円 2026年6月末、日本銀行
国債(財投債を含む)+国庫短期証券 1,142.0兆円 2026年6月末、財務省(日銀資金循環)
出典:内閣府経済社会総合研究所「2024年度国民経済計算年次推計(ストック編)」(2026年1月20日)、日本銀行「2026年第2四半期の資金循環(速報)」(2026年9月17日)、財務省「国債等の保有者別内訳」

国富は2024年末に4,549.5兆円となり、比較可能な1994年以降で過去最高だった。注目すべきは一般政府である。金融資産・負債だけを見れば大幅な債務超過だが、道路・上下水道などの社会資本と土地を含めた正味資産は427.1兆円のプラスである。「政府は債務超過」という表現は、金融残高に限った話だと明示する必要がある。

◉ 米国

項目 残高 時点・出典
家計・非営利団体の純資産 195.9兆ドル 2026年4–6月期、FRB Z.1
米国のネットウェルス(国全体) 181.0兆ドル 同上(表S.1.b)
対外純ポジション ▲20.7兆ドル(純債務) 同上
連邦債務総額 40.44兆ドル 2026年10月22日、米財務省
うち公衆保有債務 32.60兆ドル 同上
公衆保有債務の対GDP比 101% 2026年見通し、CBO
出典:Federal Reserve Board, Financial Accounts of the United States (Z.1), September 11, 2026/U.S. Treasury, Debt to the Penny/CBO, The Budget and Economic Outlook: 2026 to 2036

日米の大きな違いは対外ポジションである。日本は538.5兆円の対外純資産を持つ債権国、米国は20.7兆ドルの純債務国である。「日米は同じ構造」とひとまとめにはできない。

✅ 従来指標の限界:政府債務/GDP

指標 用途 限界
政府債務/GDP IMF・OECD等の標準指標 ストック(債務)をフロー(GDP)で割っている。政府の資産側も見ない。
財政赤字/GDP 支出の膨張を示す 国全体の資産や分布を考慮しない
対外純資産/GDP 対外的な支払い余力 政府の国内債務とは別の問題を測る

先行研究でも、債務対GDP比の水準そのものより、安全資産の金利が名目成長率を下回るか(r < g)が債務の財政コストを左右するとされる。Blanchard(2019)は、r < g が続けば増税なしの借り換えが成り立ちうると論じた。ただし同論文は、債務が資本蓄積を圧迫しうること、投資家が債務を危険視し始めると金利が跳ね上がる複数均衡がありうることも同時に指摘しており、「債務は無害」とは述べていない。

✅ 政府の資産側を見る:統合バランスシート

政府の負債だけでなく資産も見るべきだという主張は、国際機関と実証研究の双方にある。

  • IMF(2018)のFiscal Monitor: Managing Public Wealthは、公的企業・天然資源・年金債務まで含めた公的部門のバランスシートを推計し、債務と赤字だけでは財政の全体像が見えないとした。
  • Peppel-Srebrny(2023)は、先進国の長期金利を説明する財政変数として、負債総額より政府の純資産(金融・非金融資産-負債)が有意だと報告している。
  • Chien, Cole and Lustig(2025)は、日本銀行と公的年金・外貨準備を含む日本の公的部門について、2023年末の負債が対GDP比276%であるのに対し、資産を差し引いた純債務は94.3%と推計した。同時に、短期の日銀当座預金で長期・リスク資産を保有する期間ミスマッチを、収益源であると同時にリスク源だとも分析している。

本稿の「国全体の統合バランスシート」という発想は、この流れの延長にある。ただし、先行研究が統合しているのは政府と中央銀行(および公的部門)までであり、家計・企業まで含めるのは本稿独自の拡張である。

✅ 新しい視点:Debt to National Net Assets

本稿が提案する指標は、政府債務を国富(非金融資産+対外純資産)と並べた比率である。

項目 日本 米国
政府債務(分子) 国債+国庫短期証券 1,142.0兆円(2026年6月末) 公衆保有債務 32.60兆ドル(2026年10月)
国全体の正味資産(分母) 国富 4,549.5兆円(2024年末) ネットウェルス 181.0兆ドル(2026年4–6月期)
Debt to National Net Assets 約25% 約18%
分子と分母で時点が揃っていない概算値。

この比率を企業の自己資本比率(初版では「80%超に相当」と記述)と読むことはできない。国内で保有される国債は、政府の負債であると同時に、家計・銀行・日銀の資産だからである。企業の負債の債権者は外部者だが、国債の債権者の多くは同じ国の納税者・預金者である。この比率が示すのは、将来の課税や給付の調整が対象にできるストックに対して、政府債務がどの程度の大きさかという、財政余力の一つの近似にとどまる。

✅ 政府デフォルトと通貨価値

◉ 通常の理解

アルゼンチンやトルコのように、政府の信用不安が通貨暴落と同時に起きた例は多い。これらの国に共通するのは、外貨建て債務の比重が大きいことである。自国通貨で長期の借り入れができない状態(いわゆる「原罪」)が、債務危機と通貨危機を連動させる(Eichengreen, Hausmann and Panizza 2005)。

◉ 日米の構造的な違い

  • 国債は自国通貨建てである
  • 中央銀行が国債の大口保有者である(日本銀行は長期国債の46.7%を保有、2026年6月末)
  • 日本は対外純資産国であり、外貨不足による突然の支払い停止は起きにくい

◉ それでも「通貨価値は落ちない」とは言えない

自国通貨建て債務でも、調整が起きないわけではない。Reinhart and Rogoff(2011)は、国内債務の不履行や実質的な調整(インフレ、金融抑圧)が歴史上まれではないことを示した。Hoshi and Ito(2012)は、日本国債の国内保有比率が高くても、銀行・保険会社が大量に保有しているため、金利上昇は金融システムの損失として跳ね返ると論じている。

したがって正確には、「自国通貨建て債務国では、外貨建て債務国のような兌換停止型の通貨危機とは別の経路で調整が起きる」と言うべきである。その経路は、期待インフレ、実質金利、対外純資産、金融機関の国債エクスポージャーである。ドルについては、対外純債務を抱えながら基軸通貨であり続けることによる「法外な特権」(Gourinchas and Rey 2007)が、家計純資産とは別の説明になっている。

✅ 格付けは何を測っているか

S&P、ムーディーズ、フィッチのソブリン格付けは、発行体である政府が約束どおり支払う能力と意思を評価するもので、一人あたり所得、成長率、インフレ率、対外債務、デフォルト履歴などが主な説明変数である(Cantor and Packer 1996)。家計の資産超過が格付けに反映されないのは、格付けが通貨の実力ではなく政府の信用を測っているからである。格下げをもって「ドルが過小評価されている」とまでは言えない。ただし、国民全体のストックという観点が格付けの外にあることは、本稿の問題提起として残る。

✅ 長期金利と住宅ローン金利:筆者の見立てと統計

初版では、「日本国債の海外保有分には日本企業の海外拠点が含まれ、ドルで稼いだ日本企業が円国債を買い支えている。そのため長期金利が上がっても住宅ローン金利が急上昇しない」という見立てを示した。統計に照らすと、この説明には次の修正が必要である。

  • 海外の保有比率は、長期国債で7.9%、国庫短期証券で51.6%(2026年6月末)。海外保有の中心は短期証券である。
  • 資金循環統計は居住地主義なので、日系金融機関の海外支店は「海外」に分類される。ただし、その内訳は公表されていない。財務省の『債務管理リポート2025』は、海外投資家を中央銀行、年金基金、資産運用会社、ヘッジファンドなどと説明し、通貨ベーシス・スワップを使った短中期債投資を主な動機に挙げている。
  • 新規の住宅ローン利用者の75.0%が変動型を選んでいる(住宅金融支援機構、2026年1月調査)。変動型は短期金利に連動するため、長期金利との連動が弱いことはこれで直接説明できる。

日本企業の海外収益と円需給の関係は検討に値するが、国債保有者の構成から導くのではなく、金利差、経常収支、対外直接投資・証券投資のフローで検証すべきだろう。

✅ MMTとの接点と違い

項目 MMT(現代貨幣理論) 国民主権国富論(本稿の構想)
基本前提 自国通貨の発行体は自国通貨建て支出で支払い不能にならない 国家の富の根源は国民の総資産と生産能力
政府債務の捉え方 政府の赤字=民間の金融資産 政府債務は国民資産の一形態であり、流動化の手段
支出の制約 インフレ 実物資産・対外純資産・生産能力に対する信認
通貨の裏付け 租税によって受容される政府の債務証書 国民全体が信認を与える契約構造
分析の中心 フロー(政府支出と税) ストック(資産と信用の分布)

両者は、政府と中央銀行を一体で見る点、政府債務を「返済すべき借金」ではなく制度的な機能として捉える点で近い(Wray 2015)。違いは、本稿が主体を政府から国民のストックへ移し、家計・企業の資産分布や世代間の設計まで視野に入れる点にある。なお、MMTに対しては、インフレだけで支出の上限を管理できるのかという批判がある(Palley 2015)。本稿にとっては、低金利下での債務コストを論じたBlanchard(2019)のほうが近い対話相手かもしれない。

✅ 政府赤字と民間資産:セクター間バランス

一国の部門別収支には、次の恒等式が成り立つ(Godley and Lavoie 2007)。

(民間貯蓄-民間投資)+(税収-政府支出)+(輸入-輸出等)= 0

政府が赤字を出せば、その分だけ民間部門か海外部門が資金余剰になる。経常黒字国の日本では、民間の資金余剰は政府赤字より大きくなる。

ただし、これは金融残高の会計であり、政府赤字が実物の国富を増やしたことを意味しない。国富の変化は、実物投資、対外純資産の積み上がり、資産価格の再評価に分解して見る必要がある(Piketty and Zucman 2014)。近年の家計純資産の増加には株価・地価の上昇による再評価が大きく寄与しており、生産能力の拡大とは区別すべきである。

✅ 仮説:二つのタイプの国

分類 代表国 政府 民間
A:政府が金融資産を積み上げる ノルウェー、シンガポール 政府系ファンド等で金融資産超過 高貯蓄・安定した資産ストック
B:政府が金融債務を国内に供給する 日本、米国 金融負債超過(日本は実物資産を含めると資産超過) 家計純資産が過去最高

筆者の仮説は、「B型の国では政府債務が国内の金融資産として積み上がり、家計の純資産が伸びやすいのではないか」というものである。また、政府の金融債務超過は税金の使い道に対する国民の監視を強め、政府が資産超過になると政府の権限が強くなりすぎる、という統治上の論点もある。

ただし、この仮説を検証するには、家計純資産の伸びから資産価格の再評価分を除いたうえで、A型とB型を比較する必要がある。その比較はまだ行っていないため、現時点ではどちらの型が優れているという結論は出せない。

✅ 結論

  • 政府債務の持続性は、債務対GDP比だけでなく、政府の資産側と、国全体のストック(国富・対外純資産)を合わせて評価すべきである。この点は先行研究とも整合する。
  • Debt to National Net Assets(政府債務/国富)は日本で約25%、米国で約18%である。ただし企業の自己資本比率とは意味が異なり、財政余力の目安にとどまる。
  • 自国通貨建ての日米では、外貨建て債務国のような通貨危機は起きにくい。しかし、インフレや金融機関の損失という別の経路で調整は起きうる。「政府デフォルト=通貨崩壊」でも「デフォルトしても通貨は無傷」でもない。
  • 国民全体の資産・生産能力を通貨の信認の源泉と見る「国民主権国富論」は、MMTと統合バランスシート論の先にある問題提起である。その検証は、再評価を除いた国際比較から始める必要がある。

参考文献

学術文献・国際機関

  • Blanchard, O. (2019). Public Debt and Low Interest Rates. American Economic Review, 109(4), 1197–1229. https://doi.org/10.1257/aer.109.4.1197
  • Cantor, R., & Packer, F. (1996). Determinants and Impact of Sovereign Credit Ratings. Economic Policy Review, Federal Reserve Bank of New York, 2(2), 37–53.
  • Chien, Y., Cole, H., & Lustig, H. (2025). What about Japan? NBER Working Paper No. 31850 (revised March 2025). https://www.nber.org/papers/w31850
  • Eichengreen, B., Hausmann, R., & Panizza, U. (2005). The Pain of Original Sin. In B. Eichengreen & R. Hausmann (Eds.), Other People’s Money. University of Chicago Press.
  • Godley, W., & Lavoie, M. (2007). Monetary Economics: An Integrated Approach to Credit, Money, Income, Production and Wealth. Palgrave Macmillan.
  • Gourinchas, P.-O., & Rey, H. (2007). From World Banker to World Venture Capitalist: U.S. External Adjustment and the Exorbitant Privilege. In R. Clarida (Ed.), G7 Current Account Imbalances. University of Chicago Press.
  • Hoshi, T., & Ito, T. (2012). Defying Gravity: How Long Will Japanese Government Bond Prices Remain High? NBER Working Paper No. 18287. https://www.nber.org/papers/w18287
  • International Monetary Fund (2018). Fiscal Monitor: Managing Public Wealth, October 2018. https://www.imf.org/en/publications/fm/issues/2018/10/04/fiscal-monitor-october-2018
  • Palley, T. I. (2015). Money, Fiscal Policy, and Interest Rates: A Critique of Modern Monetary Theory. Review of Political Economy, 27(1), 1–23.
  • Peppel-Srebrny, J. (2023). Hello from the Other Side: Both Government Liabilities and Assets Matter for Sovereign Risk. Journal of Money, Credit and Banking. https://doi.org/10.1111/jmcb.13102
  • Piketty, T., & Zucman, G. (2014). Capital is Back: Wealth-Income Ratios in Rich Countries 1700–2010. Quarterly Journal of Economics, 129(3), 1255–1310.
  • Reinhart, C. M., & Rogoff, K. S. (2011). The Forgotten History of Domestic Debt. Economic Journal, 121(552), 319–350. https://doi.org/10.1111/j.1468-0297.2011.02426.x
  • Wray, L. R. (2015). Modern Money Theory: A Primer on Macroeconomics for Sovereign Monetary Systems (2nd ed.). Palgrave Macmillan.

統計

  • 内閣府経済社会総合研究所「2024年度(令和6年度)国民経済計算年次推計(ストック編)ポイント」2026年1月20日. PDF
  • 日本銀行「2026年第2四半期の資金循環(速報)」2026年9月17日. 参考図表PDF
  • 財務省「国債等の保有者別内訳(令和8年6月末速報)」. PDF
  • 財務省『債務管理リポート2025』「保有者層の多様化」. PDF
  • 住宅金融支援機構「住宅ローン利用者の実態調査(2026年1月調査)」. PDF
  • Board of Governors of the Federal Reserve System. Financial Accounts of the United States (Z.1), September 11, 2026. Recent Developments
  • U.S. Department of the Treasury. Debt to the Penny (October 22, 2026). https://fiscaldata.treasury.gov/datasets/debt-to-the-penny/
  • Congressional Budget Office (2026). The Budget and Economic Outlook: 2026 to 2036. https://www.cbo.gov/publication/62105