ノーバート・ウィーナー賞|Norbert Wiener Award
「ノーバート・ウィーナー賞(Norbert Wiener Award)」とは、ノーバート・ウィーナーの業績と思想を記念して創設された賞で、特に技術と社会的責任の関係に焦点を当てたものです。これは他の技術賞とは異なり、「倫理」「人間中心の科学」「社会正義」に重きを置いた希少な賞です。
🏅 ノーバート・ウィーナー賞(Norbert Wiener Award for Social and Professional Responsibility)
🔸1. 概要
- 設立年:1987年
- 授与団体:Computer Professionals for Social Responsibility(CPSR)
- 社会的・倫理的に責任あるテクノロジーの実践を目指す非営利団体。
- 目的:
「科学技術が社会に及ぼす影響に深い洞察を持ち、人間中心・倫理的な視点で貢献した専門家」を表彰すること。
🔸2. 賞の理念
この賞は、ウィーナーの思想、
- 「技術には倫理的責任が伴う」
- 「人間を中心に据えた科学でなければならない」 という理念を引き継いでいます。
軍事技術、監視技術、差別的アルゴリズムの使用などに対して批判的な立場を取り、**「テクノロジーの社会的善」**を推進する活動に授与されます。
🧑🔬 主な受賞者例(抜粋)
年 | 受賞者 | 主な貢献内容 |
---|---|---|
1987 | David Parnas | SDI(スターウォーズ計画)への技術的・倫理的反対 |
1990 | Joseph Weizenbaum | ELIZAの開発者、AIと人間性への深い批判で有名 |
1996 | Phil Agre | 技術と社会の関係における先駆的分析、監視社会論 |
2001 | Barbara Simons | 電子投票システムの信頼性と倫理の提唱者 |
2008 | Douglas Engelbart | マウスとGUIの発明、技術による人間の知的増強に注力 |
2013 | The Tor Project | プライバシーと匿名性を守るインターネット技術の推進 |
2021 | Joy Buolamwini | AIの顔認識における人種・性別バイアスを告発した研究 |
📚 関連するテーマ
- AI倫理
- 監視技術とプライバシー
- 軍事利用への批判的技術哲学
- アルゴリズムによる差別の是正
- 社会正義とエンジニアリングの融合
🧭 他の賞との違い
賞名 | 主な焦点 |
---|---|
ノーバート・ウィーナー賞 | 社会的責任・倫理的貢献に基づく技術評価 |
チューリング賞(ACM) | 計算機科学における技術的革新 |
IEEE栄誉賞 | 電気電子技術の技術的インパクト |
ノーベル賞 | 各分野における革新・平和など |
🧠 補足:ウィーナーの哲学との対応
ノーバート・ウィーナーは、第二次世界大戦中の軍事技術研究に関与した後、それを深く悔い、人間中心・非軍事的な技術の重要性を訴えました。
彼の代表作『人間の使い方(The Human Use of Human Beings)』には、以下のような思想が示されています:
“The hour is very late, and the choice of good and evil knocks at our door.”
(時は遅く、善と悪の選択が我々の戸口を叩いている)
この思想を体現する技術者・研究者に贈られるのが、この賞です。
🔹 ノーバート・ウィーナー賞とComputability Theoryの関係
✅ 計算可能性理論(Computability Theory)とは?
- 1930年代のアロンゾ・チャーチ、アラン・チューリング、ゲーデルらによって、
- 「何が計算できるか?」
- 「計算とは何か?」 という問いに答える形で生まれた数理理論です。
主な理論家 | 貢献 |
---|---|
チューリング | チューリングマシン、停止問題 |
チャーチ | ラムダ計算、チャーチ=チューリング命題 |
ゲーデル | 不完全性定理(決定不能性) |
この理論は、計算機の理論的限界と可能性を定め、今日の計算機科学(CS)の土台となりました。
✅ ウィーナー賞は「計算の社会的責任」への応答
ウィーナー賞の本質は、以下のような「第二の問い」への答えにあります:
「計算可能なことは、実行すべきことなのか?」
「計算結果は人間にとって有益なのか?倫理的か?」
これはまさに、**Computability Theoryが持つ”技術的可能性”に対する、”倫理的フィードバック”**です。
🔸 歴史の流れとして見る
時代 | テーマ | 関連人物・理論 |
---|---|---|
1930–1940年代 | 計算可能性理論の創成期 | チューリング、チャーチ、ゲーデル |
1940–1950年代 | 計算の応用と軍事利用 | フォン・ノイマン、シャノン、ウィーナー |
1950–1970年代 | 計算の社会的責任への覚醒 | ノーバート・ウィーナーの倫理思想 |
1980年代〜 | 倫理・社会への制度化と対応 | ウィーナー賞、コンピュータ倫理、CPSRの創設 |
2000年代〜 | AI・アルゴリズム倫理・監視技術への懸念 | Joy Buolamwini、Tor Projectなどが受賞者に |
🧭 結論:Computabilityの歴史の**「後半の章」**としてのウィーナー賞
- ウィーナー賞は「計算可能性が社会で用いられるようになった後、何が起きたか」を物語る賞です。
- これは、計算理論の理論的基礎(Turing, Church) → 技術的応用(Shannon, von Neumann) → 倫理的批評(Wiener, CPSR) という三段階の流れの中の第3段階に相当します。
🧩 補足:ウィーナー自身は計算可能性理論をどう見ていたか?
- ノーバート・ウィーナーは、形式的計算や自動制御を重視しつつも、「意味」や「目的」を計算から分離してはいけないと強調しました。
- つまり、「チューリングマシンのような抽象モデルだけでは人間社会は理解できない」と考えていました。
彼のこの視点こそが、ウィーナー賞の理念に結晶化しています。