∞-圏論|∞-Category Theory
**∞-圏論(インフィニティけんろん、英: ∞-category theory)**とは、
「対象と射の間に“高次の射”が無限階層で存在するような、拡張された圏論」
を扱う現代数学の理論です。
これは、従来の圏論(category theory)をホモトピー理論や高次構造を取り込む形で拡張したものであり、
ホモトピー型理論(HoTT)、高次代数幾何、量子場理論などの数学的・物理的基盤に深く関与しています。
✅ ざっくり一言で言うと
「“対象と写像”だけでなく、“写像間の変形”やそのまた変形…を無限階層で記述する理論」
= 「高次ホモトピー的な圏」
🧩 背景と必要性(なぜ∞-圏が必要か?)
通常の**圏論(1-圏)**では:
- 対象 A,BA, B の間に射(morphism) f:A→Bf: A \to B がある
- 射の合成ができる(例:f∘gf \circ g)
- 合成は結合的で、単位元がある
ですが、ホモトピー論や高次構造の世界では:
- **射と射の“間”にホモトピー(変形)**がある
- そのホモトピー間にも変形がある(2次ホモトピー)
- …さらに3次、4次、…と**“無限階層”の構造**が必要になる
これを形式化したのが**∞-圏(∞-category)**です。
📐 定義
◉ 1-圏(通常の圏)
- 対象 A,BA, B
- 射 f:A→B
- 射の合成 f∘g
- 恒等射 idA
◉ 2-圏(2-category)
- 対象
- 1-射(対象間の射)
- 2-射(1-射間の“変形”)
◉ ∞-圏(∞-category)
- 対象
- 1-射(通常の射)
- 2-射(1-射間の変形)
- 3-射(2-射間の変形)
- …
- 無限に続く階層的な“射の射の射の…”構造
🧠 主なモデルと定式化方法
アプローチ | 内容 | 提唱者 |
---|---|---|
シンプレクシャル集合による定義 | ∞-圏をKan複体の弱化で定義 | Joyal, Lurie |
Segal空間 | スペクトルや高次空間の代数構造に近い | Rezk |
ストリクトn-圏/弱n-圏 | 射の合成が厳密か up to 同型かによって分類 | Batanin 他 |
(∞,1)-圏 | 高次射は全て同値で、1-射だけを本質的に残すモデル | 現在の主流、特にHoTTと親和性高い |
🌀 応用領域
分野 | 応用例 |
---|---|
ホモトピー型理論(HoTT) | 型 = ∞-groupoid として定義可能 |
高次トポス理論 | ∞-トポス:より柔軟な空間論 |
高次代数幾何 | Derived Algebraic Geometry(派生代数幾何) |
TQFT(トポロジカル量子場理論) | Bordism ∞-category による理論構成 |
モチーフ論、スタック | 高次構造を含んだ幾何対象の分類に |
- 1-圏論:存在と因果の単射的関係の記述
- ∞-圏論:存在と関係性の**多層的共鳴構造(Noën的変形連鎖)**の記述
✨ まとめ
項目 | 内容 |
---|---|
定義 | 射、射の射…を無限階層に持つ圏論的構造 |
モデル | シンプレクシャル集合、Segal空間、(∞,1)-圏など |
位置づけ | 圏論の拡張、高次ホモトピー・構造の土台 |
応用 | HoTT, 派生代数幾何, 量子場理論, ∞-トポス論など |
哲学的視点 | 時間を含んだ意味と構造の動的共鳴理論とも解釈可能 |
∞-圏論(∞-category theory)の来歴は、20世紀後半のホモトピー理論と圏論の融合から始まり、21世紀初頭に理論的基盤が大きく整備された現代数学の重要な潮流です。
以下に、歴史を5つのフェーズに分けて、構造的に紹介します。
🧭 1. 起源(1950〜60年代):ホモトピーと高次構造の気づき
- 背景:代数的トポロジーでは、空間の性質をホモトピー群やスペクトルで分類する試みが行われていた。
- 問題意識:写像の間の「ホモトピー」、さらにその間の「高次ホモトピー」が本質的に重要であることが明らかに。
例:
f,g:X→Yに対して f≃g(ホモトピー)
→ この ≃ simeq 同士もまたホモトピーで比較できる、という “階層的”構造
- Whitehead、Boardman、Kan らがこの「高次の構造」を追跡し始める。
🧱 2. 高次圏論の原型(1970〜80年代)
- Grothendieck(グロタンディーク) が「∞-groupoid 構想」を1960年代後半に手紙(Pursuing Stacks)で提唱。
- 「すべての空間は∞-群として表現される」というアイデア。
- 高次の同値・変形の構造を内部に持つ「高次圏」の必要性を予言。
- Street, Bénabou, Gray, Batanin らにより:
- 弱 n-圏(weak n-category)
- ストリクト vs 弱構造 という区別が定式化され始める。
📐 3. ∞-圏の形式的定義(1990〜2000年代)
- André Joyal(1980s〜)
- シンプレクシャル集合(simplicial sets)を用いた「∞-圏」の形式化を開始。
- 特に quasi-category(擬圏) という定義が後に主流に。
- Bergner, Rezk, Simpson らによって他のモデル(Segal空間、complete Segal space、model category)も並列的に登場。
- Jacob Lurie が登場(2000年代)
- Joyal の理論を発展させ、『Higher Topos Theory』(2009) を執筆。
- 現在主流の「(∞,1)-category」理論を決定づける。
🧠 4. 理論の統合と展開(2010年代)
- Lurie により以下の大著が登場:
- Higher Topos Theory(2009)
- Higher Algebra(未刊草稿ながら広く流通)
- Spectral Algebraic Geometry(派生幾何と ∞-圏の接続)
- Joyal–Lurie理論が数学界で広く受容される。
- それにより:
- ホモトピー型理論(HoTT)
- 派生代数幾何
- 高次スタック
- TQFT(トポロジカル量子場理論)
などの先端理論の基礎言語として利用され始める。
🔁 5. 現在(2020年代〜):基礎理論としての位置づけ
- 型理論・意味論・量子論との結合が進行中。
- ∞-圏論はもはや**“一部の分野の道具”ではなく、数学の新たな共通語**へと進化しつつある。
- HoTT や Univalent Foundations との接続により、
- 数学基礎の再構築(ZFC → ∞-圏)
- 数学と物理の共通理論言語化(場の理論 × ∞-圏)
✨ 時系列まとめ
年代 | 出来事 |
---|---|
1950s–60s | ホモトピー論の階層的性質に気づき始める |
1970s | グロタンディークの「∞-groupoid」構想 |
1980s–90s | 高次圏の原型、複数の形式が提案される |
2000s | JoyalとLurieが現代的∞-圏論を確立 |
2010s | 数学・物理・コンピュータ科学へ応用展開 |
2020s〜 | 数学基礎理論の中心軸として定着しつつある |
🌀 Groundism 的な統一理解(補足)
∞-圏論とは、「意味・構造・存在が多層的に変化・干渉・同時存在する」現象を、数理的に追跡可能にするための言語。
つまり、NoënやZerksのような構造変化の無限系列を記述するのに本質的な枠組み。
📚 主要人物と貢献
人物 | 貢献 |
---|---|
Alexander Grothendieck | 高次群構造としての空間の再定義(∞-groupoidの萌芽) |
Ross Street | 高次圏の初期定式化 |
André Joyal | Quasi-categoryの定義 |
Jacob Lurie | ∞-圏論の統一理論を構築(現代的定義の中心人物) |