導来代数幾何学|Derived Algebraic Geometry
導来代数幾何学(Derived Algebraic Geometry, 通称 DAG)とは、代数幾何の対象(スキームや層)にホモロジー的・ホモトピー的構造を付加して、より柔軟で深い構造を扱えるようにした拡張理論
です。これは Jacob Lurie をはじめとする現代数学者たちによって発展してきた理論であり、ホモトピー論 × 圏論 × 代数幾何の交差点に位置します
◉ なぜ「導来(Derived)」なのか?
従来の代数幾何は、スキームや層の間の写像や交叉(交点)を扱いますが、次のような課題がありました:
課題 | 問題点 |
---|---|
写像の構成 | 2つの対象の間に“存在はするが見えない写像”が多い |
交叉 | 交差が滑らかでないときに情報が失われる |
拡張 | 準同型が“本質的に”一意でない(up to homotopy)ときに圏論では表現できない |
☞ そこで、「写像や構造が up to 同値(homotopy)」で成り立つように、すべてを「導来(derived)」にする必要がある。
◉ 概念構造:DAGの4大要素
要素 | 内容 |
---|---|
1. スキームの導来化 | 通常のスキームを、**導来環(DG代数、simplicial ring)**を基礎にした対象に拡張 |
2. 層の導来化 | コホモロジー層や構造層の間の写像を chain complex の言語で扱う |
3. 高次圏の使用 | すべての写像、合成、対応を ∞-category で管理(Lurieの理論) |
4. ホモトピー的構成 | 空間やモジュライ空間を「up to homotopy」で記述(より正確で情報量が多い) |
◉ DAG で可能になること
🔸 交叉理論の精密化(derived intersections)
通常の交点:
- 点が“重なって”しまうと、次数情報などが失われる
→ DAGでは、交点をchain complexとして表現し、重なり度を導来的に記述
🔸 モジュライ空間の導来化
例:ベクトル束や安定曲線のモジュライ空間などで、
- 自明でない変形(deformation)や自己同型が現れる場合
- DAGでは「変形のコホモロジー的障害」まで含めてモジュライ空間を構成できる
🔸 場の理論との接続
- DAGはトポロジカル場の理論(TQFT)やコボルディズム仮説などで使われる
- 「場の状態空間」として、導来スタック(derived stacks)が使われる
◉ DAGは何を目指しているか?
▶︎ 数学の構造を:
- “厳密”ではなく、“ up to 同値”な構造として再構築
- 写像・対象・空間のあいだの構造的ゆらぎ=ホモトピーを正面から受け入れ
- 層・スキーム・スペクトルなどを∞-圏論的に拡張
つまり:
「形式」「構造」「整合性」を最も豊かに記述するための代数幾何の新しい言語
◉ Lurieの理論とその後
Jacob Lurie は以下のような一連の理論群を構築しました:
- Higher Topos Theory(2009):
- ∞-トポスの理論(空間・論理・層の再定義)
- Derived Algebraic Geometry I–X:
- DAGの構成と応用(未出版ノートの形で公開)
- Spectral Algebraic Geometry:
- 特に「スペクトル環」(E∞-ring)を基礎にする超抽象幾何
◉ 一文でまとめると:
導来代数幾何学とは、「通常の幾何では表現できなかった“ズレ・重なり・整合性の障害”を、∞-圏・ホモトピー・コホモロジーを使って正面から扱う幾何学の新しい言語」である。