赤字とは不自然な現象である|オペレーティングレバレッジ

序章 いくら借りて、いくら返すか?
法人は、「いくら借りて、いくら返すか?」実はこれだけなのである。息を吸って、息を吐くという単純な動きの中で、処理できるエネルギー量を増やし、膨大なエネルギーの通り道でスプレッド(差益)を得るのがビジネスの基本であり、最終系である。あらゆる支出は、支出時点で、「いくら使って、いくら儲かるか?」が確定する。やってみないとわからないということは実はそこまで多くないのだ。あらゆる事業は「資本を投下して、資本を回収する」までに複雑で長い工程がある。ほとんどの人が予想しているよりも工程は長い。したがって、針の穴を通すような正確性でないと意図した結果は生まれない。「計画のない投資収益はこの世に存在しないのである。」良い事業は20年で完成し、50年目から加速的に稼ぎ始め、100年経っても稼ぎ続ける。そして、たいていの場合、社歴の最後の10年間に最も稼ぐ。Appleは1976年から2025年までの49年間の純利益のうち90%を最後の10年で稼いでいる。ここまで工程が長いと、ほんの少しの工程だけに携わって、事業を扱ったような錯覚を覚えてしまうものだがそれは間違いである。世界に2億社、会社が存在するが、30年間で米国債の利回りを超えるリターンを生み出したのは四捨五入すると10万社に1社しかない。ほとんどの経営者は資本を調達して投下するまでの工程で疲れてしまい、マーケットベンチマークを上回る利益回収をする段階に到達する前に退散してしまう。
0.1.赤字とは不自然な現象である
お金というものが呼吸や消化、代謝と同様のエネルギーの流れだとすると、赤字とは至極不自然な現象のように思える。赤字とは、入ってくるエネルギーよりも出ていくエネルギーの方が多い状態である。人間であれば、2Lの水を飲んだのに、4Lの尿や汗が出ていることになる。もし2Lしか飲んでいなくて、4Lの尿や汗が出ていれば、熱中症になっているだろう。企業経営になると大きな数字を扱うので、感覚が麻痺してくる。そのような時は全て身体化して身近な感覚に置き換えると、とても不自然なことが当たり前のように起こっており、これはおかしいということがわかるのである。
0.2.オペレーティングレバレッジによる不自然な黒字と自然な黒字の識別
また、黒字でも不自然な場合はある。例えば売上が伸びているのにROICや利益率が下がっているという決算書は日本の上場企業に多い。通常、需要が供給よりも多いから売上が伸びる。需要が多いということはプライシングパワーが発生するはずである。売上が伸びる時は単価を増やすこともできる。例えばブランドエクイティを持つグローバルのコンシューマープロダクツの場合はこのような場合に単価を10%増やし、販売数量を1%減らして利益率を15%高めるというような自然なオペレーティングレバレッジアクションをとる。一方日本の消費財大企業は販売数量を10%増やし、単価は据え置きで販管費を1%増やし、利益率を9%に下げてしまうというようなことをするのである。こうなってしまうと、売上が10%伸びたのに、利益額は増えておらず、10%頑張っただけ損をするということになってしまう。ビジネスにおいてボトルネックは需要ではなく供給量なのであって、少ない供給に対して価格を増やしていくプライシングパワーの獲得ができなければ果実であるROICを得ることはできない。
0.3.決算書は脚色できる
ほとんどの経営専門家や証券アナリストは企業が提示した決算書を正しいものとして捉える。しかし、BPS(一株あたりの純資産)、EPS(一株あたりの純利益)を根拠としたPBR(株価純資産倍率)、PER(株価純利益倍率)は、そもそもの根拠となっている資産の減損可能性や簿外負債、簿外資産、フリーキャッシュフローの考慮をしないと、ベースがおかしいので算定できないということになるのである。問題なのが、会計のベースがおかしい企業が上場企業の99%なのだ。したがって30年連続で米国債のリターンを超えられる企業が1%しかないという結果になってしまう。「投下資本に対するフリーキャッシュフローによるROICイールドが資本コストとオポチュニティコストを超えたスプレッドを産むか?」という統合的なPoint of Viewを持っていない場合は、純資産、売上、純利益という脚色された数字の成長に踊らされてしまう。
0.4.お金という地面は-4%の下り坂になっている
お金という地面は平らになっていると思いたいものだが、実はお金という地面は下り坂になっているのだ。年間4%以上、何もしないでも、寝ていても価値が上がるのがリスクフリーアセット(短期米国債)であり、米国債を土台にすると、日本円は-4%の下り坂なのである。年間-4%だとしても下り坂を下っていく勢いはとても強い。即座に大型トラック用タイヤストッパーのような抵抗を設置しないと、お金は下り坂をものすごいスピードで下っていく。投下資本に対して少なくとも4%以上の純利益が回収できないとしたら、何もしない方がましなのである。しかしこの4%の純利益はかなり難しい目標である。ほとんどの不動産の借り入れも考慮した利回りスプレッドは純利益ベースでは1%くらいにしかならない。
0.5.トップの戦いは-13%の下り坂になっている
さらに世界のトップレベル、S&P500のトップ企業における数兆円レベルの規模の経済が働く戦いはSPYの+13%がベンチマークとなる。資本が大きくなってくると、-13%の勢いで下り坂を一気に下ってしまう。日本の上場企業約4,000社のうち、タイヤストッパーで応急処置した上で、平らな地面を積み上げ、上り坂を階段で登っていっているROE13%以上の企業はたったの10%、単年で1,000社しかない。日本には180万社あるにもかかわらず、下り坂に抵抗できている企業がたったの1,000社しかないということだ。さらに30年連続で米国債の利回りを超えられる企業となるとさらに数が減って日本では40社くらいしかこの坂道を登れる企業はないのだ。さらに30年間連続でSPYの13%を超える企業は日本企業の実績では0である。
0.6.ROIC経営は掲げることはできても、実行が難しい概念
「なぜ法人という仕組みは、ほとんどのケースで富を増やせなかったのか」
本書ではこの答えとして「ROIC経営」を掲げる。ROICはReturn On Invested Capitalであり、日本語訳は投下資本収益(または収益率)である。しかしこれは揺れのある概念であり、定義すら定まっていない。間違ったROICの運用方法を設定している大手上場企業もたくさんある。ROICが設定されているにもかかわらず、運用ではROIC向上とアラインメントできていないケースが大半である。本書では、事業の手綱を握る経営陣に必要なROICの素養を記載しようと思う。

