新規事業は“残存者利益”が始まってからが本番である

新規事業が失敗する原因は、その困難さと長い道のりを簡略化してすぐに成果が出ると思い込んでしまうことによるというのがほぼ100%の敗因だろう。事業というものは先行者になることで成功するではなく、残存者になることで成功する。残存者として競争相手が力尽きた随分後から、利益がじわじわと増加し、その利益がゼロになるまでの時間でリターンを得るというのが事業ライフサイクルの基本である。
ほとんどの新規事業担当者は、技術を開発するまで、営業で販売するまで、資本を調達するまで、上場するまでなど、事業のライフサイクルが50年単位で完結する随分前に、もうこれ以上伸びないと判断して撤退する(異動、転職も含め)。
上場したあと10年以上たってやっと競争相手が倒れ、残存者利益が始まることに創業オーナーですらほとんど気付いていない。
つまり失敗したかどうかも明確ではない途中段階で、新規事業は身にならず終わっている。本当の新規事業の成功時点はフリーキャッシュフローの自己増殖が成立し、残存者利益が始まってから、残存者利益がなくなるまでである。通常、残存者利益がはじまるまでに最低20年、はじまってから終わるまでには100年以上継続することもある。
日本に200社ある1兆円企業はそのほとんどが20年以上前に設立された企業であり、今所属している人たちは、ある程度良い暮らしができてしまうことによって、次の世代が食っていくための新規事業は20年単位で取り組まないといけないという長期性と困難性を過小評価する。
✅ 1. 「新規事業は“残存者利益”が始まってからが本番である」
多くの新規事業担当者は、事業立ち上げから5年間ほど=成功の分かれ目だと誤解している。しかし実際には:
- 技術開発、営業成功、資金調達、上場等は 「起点」ではなく「通過点」 にすぎず、
- 自由なフリーキャッシュフローの発生と増殖(自己資金の自律的成長) が本当の意味での事業の開始点。
- 残存者利益(=競争が淘汰された後の安定成長利益)は、それが始まって**初めて“投資回収+長期収益フェーズ”**に入ります。
- この長期収益フェーズは通常20年以上、100年を超えることもあります。(タバコ、酒、塩などが良い例)
✅ 2. 「途中段階の撤退が“失敗”ではなく“未到達”である」
多くの新規事業は以下の「途中」で撤退しています。カオス(=失敗)とは秩序化に至るまでの未到達と等価である。
- R&D完了前
- プロダクト販売前
- トラクション獲得前
- 資本調達前 or IPO前
- キャッシュフロー黒字化前
これらはいずれも「失敗」と呼ぶには早く、“スケーラブルな残存者利益”という目的地に到達していないだけとも言えます。
📌 つまり、途中撤退は「成功/失敗の定義」以前の“前提未達”である
✅ 3. 「成功しているように見える企業でも、残存者利益が始まっていない」
たとえば:
- Teslaが利益を出し始めたのは創業から15年後
- Amazonの安定的FCF発生は20年後以降
- ユニクロもフリースブーム後にグローバル展開してやっと残存者戦略に入った
これらはいずれも参入から十数年を超え、競争が淘汰されて初めて安定した残存者利益フェーズに入りました。これを見誤ると、短期的なKPIで成功・失敗を決めてしまい、20年かけて得るはずの“100年ビジネスの果実”を捨ててしまうことになる。
🧠 構造的な整理:新規事業のライフサイクル
フェーズ | 概要 | 成否判断 |
---|---|---|
① 着想 | 技術/アイデアの誕生 | 判断不能(過渡期) |
② 検証 | MVP・PMF・営業開始 | 判断不能(通過点) |
③ 資本投入 | VCや事業会社の投資 | 成否未確定 |
④ 拡張 | 上場や拡大戦略 | 成否未確定 |
⑤ 黒字化 | FCFの安定化 | ここで初めて成功判断可能 |
⑥ FCFの増殖 | FCFが内部回転により増殖 | 成功 |
⑦残存 | 利益独占 | 成功の余韻がとても長い時間続く |
⑧需要の消滅 | 需要が消失するまでのリードタイムで利益が生まれる | 例えば自動車が発明されてから馬車が完全に無くなるまでに50~70年程度かかっている。馬車メーカーは残存者利益を得られたはず |
🚘 自動車と馬車の置き換えにかかった期間
年代 | 出来事 | 備考 |
---|---|---|
1886年 | カール・ベンツがガソリン自動車を発明 | 世界初の実用的自動車 |
1908年 | フォード「T型」発売 | 大量生産が始まり、価格が大幅に下がる |
1910年代 | 都市部で自動車の普及が進む | 米国都市では徐々に馬車が減少 |
1920年代 | 馬車→自動車への急速な移行期 | 都市交通はほぼ自動車化へ |
1930年代 | 馬車の商業利用が大幅減少 | 農村部などを除きほぼ消滅 |
1950年代 | 馬車は観光や一部農村での用途に限定 | 実用交通手段としては終了 |
📌 要点
- アメリカでは、1908年にT型フォードが登場してから約20年(1930年頃)で都市部から馬車は姿を消しました。
- **完全に使われなくなるまで(農村や発展途上地域を含む)**には、**約60年(1886年〜1950年頃)**を要しました。
- 日本では明治~昭和初期にかけて自動車が輸入・製造され始め、昭和中期(1950年代)までは地方で荷馬車が残存していた記録があります。
- 馬車の残存者利益を得た有名な例としてエルメスインターナショナルがあげられる。その他馬のマーケットで未だに利益をあげているのはJRAなど。
🏆 日本の老舗上場企業ランキング(創業年順)
以下は残存者利益を100年以上受益している企業群。
順位 | 企業名 | 創業年 | 主な業種 | 本社所在地 |
---|---|---|---|---|
1 | 松井建設株式会社 | 1586年 | 建設業(社寺建築) | 東京都中央区 |
2 | 住友金属鉱山株式会社 | 1590年 | 非鉄金属・資源開発 | 東京都港区 |
3 | 養命酒製造株式会社 | 1602年 | 医薬品・酒類製造 | 東京都渋谷区 |
4 | 小津産業株式会社 | 1653年 | 紙製品・不織布卸売 | 東京都中央区 |
5 | ユアサ商事株式会社 | 1666年 | 商社(建材・機械等) | 東京都千代田区 |
これらの企業は、江戸時代以前から事業を継続しており、現代に至るまで上場企業として存続しています。
🎯 まとめ:新規事業の成功とは
「残存者利益が始まり、それが尽きるまで」の長期現象である。
したがって、
- 事業開発の初期段階で“失敗”とラベルを貼るのは誤り
- 「20年で始まり、100年続く」という覚悟が前提
- 成否は「途中」ではなく「残存したかどうか」で測られる
- 周囲の競争相手が力尽きるまで待つのが新規事業の基本姿勢
天下を取るには、需要増減に対してネット参入資本がマイナス、ネット参入者がマイナスであることが必要であり、「気がついたら周りの競争相手が全て倒れていた」という相対的な勝利が新規事業の基本である。
つまり新規事業でもっとも重要なことは、最初から勝つことにより体力をあまりつかわないこと。100%勝てる見込みがないのであれば不用意にはじめないことである。
反対の失敗パターンは勝ちのこるかの見込みが曖昧な状態で事業を立ち上げるのに精一杯で命を削りすぎてしまい、残存者利益が増殖する頃には疲れてしまってこれ以上伸びないと早とちりしてしまうことである。そして逃した魚は大きかったと50年たって気付くのである。50年経過したときに、あのとき自分もそのマーケットにいた、可能性に気付いていた、アイデアはあったと過去の栄光を語ったとしても、それは途中で抜けた人のいいわけになってしまう。最後に勝ちのこっていない場合は深い後悔と悲しみが残るはずである。
勝つことよりも難しいことは、想像以上の長期間をかけて粘り強く続けることなのである。サバイバーズプレミアムはあらゆる先進国に住む人がすでに普遍的に享受している事実にも関わらず、認知することができない認知構造的な穴である。